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2009/05/31 (Sun) 19:00
東京の資産家夫婦殺人事件ー私の家の近所だ!

 東京都板橋区で資産家夫婦が殺され、放火された。何と私の家から徒歩5分だ。夜中にサイレンが鳴っていたが気にせず寝ていた。このあたりは四六時中パトカーや消防車がひっきりなしだ。犯罪も多い。行きつけのコンビニに早朝パトカーが来ていて、何事かと思ったら、コンビに強盗に襲撃された直後だった。私の家の近所でも、数件立て続けに中国人と思われる泥棒にやられた。指紋ひとつ残さずにだ。
 平成12年暮れに起きた世田谷一家殺人事件も犯人が見つかっていない。犯人は韓国人だと断定したノンフィクションライターが書いた本が売れている。班員が朝までPCをいじっていたのは、仲間に成功の知らせをメールで送っていたとか。日本の警察もバカにされたものだ。犯行現場のあった家の前を通ったことがある。毎日後退で警官が家の前で張り込んでいる。が、最近赴任した警官らしい。これでは事件の継続が困難だ。その家は、いかにも一戸だけ離れた場所に位置し、まるで「どうか入って下さい」といわんばかりの家だった。しかも犯人の指紋が、大分と大阪の事件現場で発見されたが、管轄が違うのと、犯人が国外に逃げたようなので、一向に解決にならない。検挙率がかつては世界一だった日本も、国際化のせいで質の悪い外人が流入したせいで、やられ放題だ。このようなことを書くとすぐに人権擁護派からクレームが来るが、とんでもないことだ。何の罪もない日本人が殺されたり泥棒に入られたりしているんだ。北朝鮮の拉致問題を見るまでもなく、日本は簡単に入国でき、警察も甘い。銃も撃たないし、厳しくない。これでは対処できないだろうが。NYに行った時、黒人のはーレムに行ったが、やはり身が凍る思いだった。差別はいけないが、やはり黒人の犯罪は多いようだ。差別されたから犯罪をするという悪循環が続いている。
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2009/05/29 (Fri) 20:39
人を殺しておいて、「広汎性発達障害」とは何事だ! どこまでも甘い日本の裁判

 岡山市のJR岡山駅で08年3月、岡山県職員假谷(かりや)国明さん(当時38)が線路に突き落とされて死亡した事件で、殺人罪などで起訴された大阪府大東市の少年(19)の初公判が27日、岡山地裁(磯貝祐一裁判長)であった。少年は「間違いありません」と起訴事実を認める一方、弁護側は刑事責任能力の程度を争い、情状面での考慮を求める姿勢を示した。
弁護側は「善悪を弁識して自己を制御する能力が、著しく低い状態ではなかったが、広汎性発達障害の影響などで、問題があった」と主張。さらに、少年が07年7月に進学について父親と話し合っている際、父親から「もう頑張らなくていい」などと言われた言葉を引きずっていたとして、「事件の約8カ月前から不安定な精神状態だった」と訴えた。
 一方、検察側は冒頭陳述で、「少年は事故当時の状況を明確に記憶しているほか、確実に人を殺すという目的にかなった行動をとっており、(犯行に至る)経過も理解できる」と責任能力があったと指摘した。
 少年は昨年3月25日、駅のホームで電車を待っていた假谷さんを背後から線路に突き落とし、電車にはねさせて殺害したとされる。少年は果物ナイフを所持していた銃刀法違反罪でも起訴されている。
 少年に対しては、岡山地検と大阪家裁がそれぞれ精神鑑定を実施。いずれも「広汎性発達障害」と診断したが、大阪家裁は昨年9月に「刑事責任能力は認められる」として逆送を決定していた。
 これまで2回の公判前整理手続きが実施され、争点は「少年の刑事責任能力」「生い立ちなど情状面」の2点に絞り込まれていた。6月17日の判決までに、この日も含め3回の公判が組まれている

また「精神鑑定」ですか。こんなくだらないものが有る限り、日本にはもはや正義は存在しないでしょう。安田悪徳弁護士らの「死刑廃止弁護士」も同様だ。被害者遺族のことをどう考えているのだろうか。突き落とされた男性にはまだ小学生の子供がいたとか。残された奥さんと子供の今後が心配だ。しかし何故精神鑑定が行われるのだろうか。そして何故精神疾患だと責任能力がなく刑が軽くなるのだろうか。何かおかしくないですか?精神疾患ならば何をするかわからないし、それこそ犯罪を起こしやすいですよね。ならば娑婆に放置しておくこと事態おかしくないですか。それこそどこかに隔離してほしいですね。人肉事件の佐川君、逆噴射の片桐機長も精神疾患と判断され、今では娑婆でのうのうと暮らしています。これって絶対におかしいですよ。日本は、女、子供、そして障害者に甘すぎます。そしていつも成人男性だけが悪者になってしまうのです。何と不条理なことか。
 教育現場も「特別支援教育」とやらで、障害者に厚いお手当てだ。そんなことに予算を使うのなら、普通学校の普通の生徒に何故もっと厚い保護をしないのだろうか。少人数クラスや、1クラス2担任制度など、他にもやることがあるだろうが!障害者ばかりが厚く保護されれば、自分も障害者になろうと思う気持ちにもなりやしないだろうか。障害者を大切にする姿勢は良いが、本末転倒になってやしないだろうか。
 

2009/05/29 (Fri) 20:32
辰吉や「Rookies」の不良更正ドラマは、はた迷惑

 TBSの「金スマ」で、ボクシングの辰吉の伝説と、ドラマや映画で大ヒットした「Rookies」が放送されていた。日本人はどうも不良が更正し、第一人者となった物語に弱いようだ。アニメ「明日のジョー」もそうだ。昔のドラマでは「飛び出せ青春」「われら青春」「金八先生」もそうだ。しかしこれらは現場の教師から見たらはた迷惑もはなはだしい。何故かって?このようなドラマを見た子供は、「悪さをしても教師が何とかしてくれる」「教師は生徒と共に考えてくれる」「教師を殴っても問題はないが、教師が殴ると体罰になって問題になる」と勝手に思い込んでしまう。小中で校内暴力、対教師暴力が増えているのもこのためだ。そんな子供が高校に入って、「特別指導による謹慎」に直面して、初めて事の重大性に気づくのだ。それでは遅い事だってある。そもそも「Roookies」の中で、何度暴力シーンが出てくるんだ?主人公の川藤先生なんか、何度殴られたか。あんなことは実際ありえない。即刻謹慎か退学だ。
 しかし何故か懐かしい気もする。かつては生徒同士、喧嘩して仲良くなったものだ。教師と生徒でタイマンを張ったこともあった。それが本来の人間関係が出来る。最近は、何でもかんでも「暴力は特別指導」「体罰は禁止」で、本来の体を張った関係が出来づらい。だから薄っぺらな友達が多く、すぐにネットで悪口を書き込んだり、1人を大勢でいじめるようなこともする。これも少子化の影響だろうか。少子化だと兄弟同士の喧嘩もない。譲り合い、意見を言い合う、引くところは引く、年功序列など、それこそ体で覚える。一人っ子が良いわけがない。最近の子どもは相手の痛みがわからないので、徹底的にやってしまう。集団リンチで殺すまでやってしまう。人との距離感がわからないのだ。こんな子供が大人になっても社会に役に立つわけがない。嫌なことがあるとすぐに辞めてしまう。忍耐力がないのだ。
 それにしても「Rookies」の川藤先生や生徒の言葉の中には、教訓めいたものが数多く存在する。金八先生もそうだが、メモしておきたいくらいだ。その点は良い作品だと思う。

2009/05/28 (Thu) 00:37
夜回り先生(水谷修)の並大抵でないコミット

 夜回り先生の特集をNHKで放送していて、思わず感激した。彼は大学が同じで年齢も近い。定時制で教鞭をとったことも同じだ。夜回りほどでもないが、私もいじめ対策をしている。しかし彼の活動は、私なんか足元にも及ばない。彼が何故そんなに夜回りにこだわるのかわからなかった。私なんかがもし同じように夜回りをするとしたら、おそらく夜遅くまで家に帰らない子供の首根っこをつかまえて、護送車でもぶちこんで親元に戻すだろう。そもそも夜遅くまで遊んでいる子供は「不良」で親の言うことを聞かないとんでもない奴らだ、とどうしても思ってしまう。しかし彼は違った。夜ぶらぶらしている子供は親や社会が悪いと言い切り、子供は被害者だと思っている。彼は大学生の時、哲学専攻した。カトリック系の大学で、神父が多く、彼のような人徳者が育つ環境は整っている。彼がマザーテレサのような活動をするのもわかるような気もする。定時制の授業を終わった後で何時間も歩きまわって子供に声をかけるのは、よほどのコミットがないと出来るものではない。世の中、彼のような教師は放っておかない。今では2つの大学で客員教授をかけもちでしつつ、講演活動で全国を走り回っているとか。プロ教師の会の河上氏も同様なことをしている。何かうらやましい気もする。私なんか何をしても中途半端だからね。ブレークしそうでしないのも性なのだろう。
 更に驚いたことは、水谷先生は夜回りで関わった「ドラッグ」中毒になった子供のうち、41人も死んでしまったそうだ。彼はドラッグの恐ろしさを伝えることに命をかけているようだ。中毒者のほとんどが意志が弱いというだけではかたづけられない。だから中毒なのだ。そりゃそうだろう。大の大人でもタバコをやめられない者が多いのですから、子供精神論で訴えてもだめなだ。しかし41人ですか。凄すぎです。
 水谷先生の処世訓は「子供に嘘つきと言われるような大人にはならない」そうだ。しかも彼は子供の夢を追うことに一緒に付き添うことにもコミットしている。夢を追うのは、ドラマ「Rookies」の主人公の河東先生がよく口にする言葉だ。多くの子供は夢があっても現実を見てしまって諦めがちだ。更に夢さえ持てない者さえいる。考えて見たら、私の親も教師も、そんなアプローチはしなかった。ただ「勉強しろ」「いい大学、いい企業に入れ」ですからね。これって夢ですかね?世間体や親の見栄ですよね。こんなふうにしか子供に接することが出来ない親はやはり未熟なのでしょう。ちなみにいい大学に入っても、オウムの信者のように麻原のようなペテン師にひかっかり、サリンをばらまいてしまうのです。人間、いかに夢を持つことが生きる目標になっているかを再確認すべきだろう。

2009/05/26 (Tue) 00:14
中大教授殺人犯に見る「高機能自閉症」「アスペルガー症候群」

 中大教授殺害犯は教え子だったことは多くの方が想像したことだろう。おそらくフリーターか就職に失敗したか…。逆恨みする者の特徴は、今が充実していない者が多い。充実していたら逆恨みする気すらしない。人間とはそんなものだ。問題は何故上手くいかなかったかだ。中央大理工学部なら、早慶上智ほどではないにしろ、就職には困らないはずだ。しかし彼は卒業後も職を転々とし、希望の会社からは解雇され、アルバイトでいいと思っていた会社からは正社員に誘われたが断った。最後はホームセンターでアルバイトをしていたが、月収5~6万円だったようだ。絵に描いたような転落人生だ。パン工場で正社員になるように誘われた時は「今はまだ自分が絶対にしたいことが分からない」と言っていたそうだ。それが彼が職を転々とした理由の一つなのだろう。そもそも卒業直後に何故大てっ食品メーカーに就職したのかも疑問だ。彼の専門と全く関係ない職種だ。しかも豆乳飲料の製造機器の管理だ。と言うことは、卒業間近の就職活動を誤ったのだろうか。そしてその後の転落人生を教授のせうにしてしまったのだろうか。いや、それだけではないようだ。
 彼は卒業後、ハローワークで希望の希望通りの会社に入れたのだ。本人も両親も喜んでいたが、彼は試用期間中に解雇されてしまった。それは彼の性格が災いしたようだ。蚊の泣くような小さな声でぼそぼそ話し、言いたいことを内にしまい込むタイプで会話がはずまず、冗談を真に受けて思いつめてしまうタイプだったとか。飲みに行っても会話がはずます、周囲から浮いてしまう。これでは組織ではやっていけない。会社は最後は人間関係になってしまう。いくら優秀な社員でも、派閥争いに負けたり人付き合いが下手だったらハブかれてしまう。それ以上に彼は最近流行の「高機能自閉症」に近いのではないだろうか。人付き合いが下手、コミュニケーションをとりづらい。何を考えているのかわからないが、成績は悪くはない。彼のようなタイプは潜在的にかなり多いと思うよ。学生時代は大人しいと周囲が言っているが、大人しいということは内に秘めているということで、爆発した時が怖いことを平気でする傾向が強い。しかし彼のようなタイプは学校では問題をあまり起こさないので、教師にとって印象に残らない生徒が多い。真面目だから構ってもらえないのも何かかわいそうな気もするが…。逆にやんちゃな生徒ほど教師が構ってしまい、それはやがて大人になってから人付き合いが上手な大人になるのだ。何か不条理な気もするが。

2009/05/25 (Mon) 23:43
対話だけでは甘やかすだけだ!北朝鮮に見る「甘えの構造」

 北朝鮮がまた核実験か。この国は本当に駄々っ子だね。力がないのに、自分が注目を浴びたいために時々周囲を脅かす。こんなオバカサン、あなたの近くにもいますよね。しかし周囲の国もおかしいよ。何故こんな駄々っ子をいちいち大人として扱うんだ?この国はまだ精神的に未熟なんだ。言葉で通用しないのはわかっていることではないか?何が六カ国協議だ。何が対話だ。人の国に勝手に入ってきて拉致してしまう。人の領土上空にミサイルを飛ばす。そして開き直る。こんなアホには「体罰」が必要ではないか?周りが甘やかすからつけあがるんだ。今回はさすがに今まで傍観していたロシアや中国も懸念の意を示したね。国連決議に反する、と言葉だけでは効果がなかろう。オバマ大統領も怒っていた。ならばこの国が最も嫌がることをすればいいだろう。国交断絶、通称禁止等の兵糧攻めでも弱いと思うよ。アメリカは、アフガン、イラクを責めたように、日本を叩きつぶしたように、北朝鮮も一気にやっつければいいと思うよ。とっとと空てい部隊を送り、各施設を破壊し、拉致被害者を救出してほしいね。イランでは人質救出に失敗したが、北朝鮮ごときに何を戸惑っているのだろうか。こんな国はとっとと破綻させなければだめだろうが!

2009/05/24 (Sun) 21:31
 コメントを書いてくれた方々へー人間は外見で8割決まる!

 このブログの返事の箇所には、迷惑HPばかりと思っていましたが、時々注意して見ると、私の書き込みに対しての書き込みが時々あったので、返事が遅れたことをお詫びします。つくづくネットの世界の凄さに驚いています。日々つれずれなるままに、思いのたけを書き込んできたのですが、予想に反して何人もの方が閲覧しているようですね。この場を借りてお礼申し上げます。
 私に賛同してくださるかたもいる反面、残念なコメントもあり、これがブログの世界かなとも思います。中には深刻な書き込みもありました。

 ○○定時制高校2年の方は、いじめの書き込みを2回ほどされましたね。つい見落としてしまいました。ならば次回は具体的な内容を書き込んで下さい。セクハラ、体罰が法律や条令で禁止されています。いじめも条例になっていませんが、やがて法的に罰せられるようになるのも時間の問題です。ならば今のうちに告白する勇気を持ちましょうよ。
 六○○高校の方からはお叱りの書き込みがありました。私がエンカレッジスクールやチャレンジスクール等の負の書き込みを書いたものですから。その高校は、登校拒否の生徒や問題のあった生徒が多く、入試も小論文だけで、内面重視だとか。教師もアットホームで居心地は良いとか。しかし私は会えて反論させていただきました。あまりにも服装頭髪がひどいのです。近所には伝統ある私立の女子高があるのですが、そこの生徒は全く外見は問題ありません。やはり人間は外見で9割判断されてしまうのです。六○○高校の生徒はお世辞にも頭髪服装が徹底しているようには見えません。内面が大切と言いますが、私は外見がしっかりしていないと内面がどうのこうの言う資格はないと思いますよ。内面がしっかりしているというのなら、何故髪を染めるのですか?何故だらしない服装をするのですか?そんなに頭髪服装を守らせることが大変なことですか?だから私はいくら内面が大事と言っても、頭髪服装がいい加減な学校は認めませんよ。

2009/05/22 (Fri) 20:22
駅で修学旅行中止を告げた無神経さー新型インフルエンザの罪と罰

 今回の新型インフルエンザは予想に反して猛威を振るっている。当初は他山の石のような存在だったが、リーマンブラザース同様、じわじわと日本にも浸透してきた。と言うよりも一気に来たという感じだ。マスクは売れ、商店街や学校は閉鎖または休校。今後、ますます猛威をふるうのは間違いなさそうだが、問題はその新型インフルエンザの程度と、大人の対応だ。海外では何人も死者が出ているようだが、果たしてそんなに強いウイルスなのだろうか。日本で発見された人も、発熱はしてもすぐに下がったようだ。果たしてそんなに強いウイルスなのだろうか?マスコミは相変わらず視聴率稼ぎのために大々的に報道している。「本日は新たに東京で1人、埼玉で1人…」。まるで犯人が逮捕されたかのような報道だ。少し大げさだとおもうがね。
 もっと大げさなのが学校の対応だ。休校にすべき問題なのだろうか?対象者は1人で、何故その他の何百人が登校してはいけないのか。普通はクラスの四分の一とか、学級閉鎖の基準がある。あまりにも大げさだ。可哀想なのは、修学旅行当日の朝、駅に集合したら「修学旅行中止」を担任から告げられれた生徒たちだ。修学旅行は3年間で最高の思い出となる。それを中止にされたら、それこそ青天の霹靂、床が抜けたようなショックだろう。修学旅行は、旅行委員が中心となって班決め、コースなどを決める。最近では海外への修学旅行も一般化してきた。それが中止なんて有り得ない。しかも感染者がいないのにだ。行き先が関西地区で、感染者が多いのもわかるが、それとて行ってみないとわからないことだってある。ならば行くだけ行かせてから判断してもいいのではないか。
 日本人は昔から何かあると、すべてをキャンセルする癖がある。大阪の池田小学校事件以降、校門を閉めるようになったが、あれは意味がない。あんなことをする犯人は全国に1人しかいない。その事件以前は「開かれた学校」とかで、一般市民をどんどん校内に入れていたのではなかったか?

2009/05/22 (Fri) 00:30
中大教授殺人事件、犯人は元教え子ー私も殺したい教授はいた!

 ようやく犯人逮捕か。事件が起きたのが1月14日。本日が5月21日。こんなに犯人が特定されやすい事件で、四ヶ月かかったのは、やはり学校という閉鎖社会だからだろうか。それとも警察の操作能力が落ちたか、警察がマスコミの報道を恐れ思い切った捜査が出来なかったか。今回の事件は素人でもわかりそうな事件だ。犯人は大学関係者。すると教授昇進をめぐる怨恨か、教え子の逆恨みか、女性を巡る問題か。すぐにわかりそうなものだ。しかも犯行現場は大学内のトイレ。最初は教授連中かと思ったが、考えて見れば、今回の殺人は実に雑だ。教授の家の近くに落書きしたり、トイレで殺したり。少し知恵のある大人なら、犯行現場を他に選ぶだろう。このような雑な犯行は、論理的思考力のない、悪さをしても叱られたことのない、甘やかされたゆとり教育世代だろうと思ったよ。やはりというところだろうか。
 師弟関係は本来麗しいもののはずだが、一歩間違えると、教える側のさりげない言動で教え子に憎しみの感情を与えてしまうことが結構ある。最近では教える側の問題もそうだが、教わる側も「むかついた」だけで憎しみを簡単に抱く。よかれと思っても必ずしも伝わらないことが多い。しかし中にはとんでもないえこひいきをする教授も多い。特に懐の狭い人間性の者が上に立つと、好き嫌いだけで教え子を差別することは多々ある。教える側も人間だ。そのような感情が湧くのもわかるが、問題はその感情をそのまま教わる側にぶつけるバカ教授が存在するということだ。今回の中大事件の場合、原因はまだわからないが、論文でけちをつけられた、希望の企業に就職する際に邪魔をされた、推薦してもらえなかった、友人と自分を差別された、自分の今の人生が上手く行かないのは大学時代の教授のせいだと思い込んでしまった…。理由はざっとこんなところだろうか。周囲は「そんなのは責任転嫁」というだろうが、実際、教授に負の目をつけられて、不遇な目にあった生徒はいるはずだ。私もそうだったからわかる。私は大学1年の時、希望した大学だったわけでもなく、希望した学部でもなく、何のために大学へ行っているのかわからなかった。そんな気持ちを抱いた者は数多くいると思うが、そんな気持ちで大学に言っても、講義が身に入らない。何単位か落とし、教授陣にも目をつけられていた。同じクラスには私のような者が数人いたかな。中には、予備校の時の嫌な講師と別れられたと思ったら、何と大学に入ったら、その講師が担任だったという、しゃれにもならない者もいた。そんな気持ちで大学に入った者が何人も必修科目の単位を落としたら、2年か3年で下のクラスで取り直したり、科目を少し多めに履修してAの科目を増やさなければ就職がおぼつかない。その手続きに担任の許可が必要だが、その担任は許可する者としない者を露骨に分けていた。しかも4年次の就職活動の際も、某有名企業の枠を握っていたが、私なんか希望しても相手にしてもらえなかった。頭にきたので自力で他の有名企業の内定をもらい、復讐した気分になった。しかし私は教員採用試験も受かったので教師の道を選んだ。が、今でもその時の担任教授のことは今でも忘れない。何度かその教授を刺す夢を見た。まさか私の見た夢を現実にしてしまう者がいるとは…。洒落にならないよね。その時の私のバカ担任は、今は大学内で出世したようだ。「憎まれっ子、世にはばかる」の典型だ。今度、某大学で同様の事件が起きたら、犯人は私かも…。冗談ですよ。いじめられた者は、いじめた相手のことを一生恨むし、心から消えないということです。中大事件の犯人に同情します。一生憎しみを込めて生きるより、自分の気持ちをリセットさせたかったのでしょう。自分の一生を棒に振ることよりもそちらを選んだのですね。

2009/05/20 (Wed) 22:12
八王子の女子高性が新型インフルエンザ?騒ぎすぎだろ!

 今回の新型インフルエンザの報道に非常に憤りを感じる。実名は出さなくても、高校名を出したり、個人を特定するような報道が多すぎる。八王子での女子高生で16歳で昨日帰国した生徒ならすぐに特定されてしまう。そしてもっとも深刻なのが、興味本位で教師や他の生徒が誹謗中傷、所謂いじめに繋がるのではないかということだ。かつて、外国で赤痢にかかった教師が隔離され、学校を何日か休まなければならなくなった時、こともあろうに授業中、生徒に言いふらしていたバカ教師がいた。当然、その教師が復帰した時は全校生徒は知っていたということだ。日本人はこのような他人の不幸を楽しむ、極めて稚拙で悪質な村社会だ。だからこそ、報道は本人と特定されないようにする必要があるのではないか。
 そもそも今回のインフルエンザは、発見が早ければそれほど慌てることはないと思うがね。マスクが品切れになったりマスコミが煽るような姿勢は、昭和48年のオイルショックの際のトイレットペーパー買占めに似ている。数年前のテレビ番組の納豆ダイエットに騙された単純な国民のせいで、スーパーから納豆が消えてしまったことがあった。全く同じ国民でありながら情けない限りだ。

2009/05/20 (Wed) 19:52
人間、いつも真面目に誠実に生きていればいいことがあるさー信じられない逆玉の輿の実例

 世の中、勝組、負組は学歴、職歴、家柄で決まってしまうような風潮がありますが、あながちそうとも言えません。少なくとも、一期一会を大事にし、誠実かつ真面目に真摯に生きていれば、必ず目をかけてくれる人はいるものです。
 日本はタクシーハイヤードライバーは身分が低く、バカにされがちです。イギリスでは国家試験があるほどですが、日本は「駕籠かき」程度にしか思われていないようで、何時間でも待機させられ、人間扱いされないことがほとんどです。そんな職種ですが、真面目に洗車、車両美化、安全運転、守秘義務を守り、心配りに優れているドライバーは、何度も指名がつき、チップももらい、高収入になります。このご時勢でも、年収1千万を超えるドライバーが時々いるそうです。
 例えば、ダスティンホフマンが京都旅行に来た時、ある有名なMKハイヤードライバーは、彼の映画の主題歌を車内で流し、彼が見学した神社仏閣の絵をサラサラと色紙に書き、その日の終わりにさりげなく渡すそうです。車内には、飲み物、英字新聞など、至れりつくせりです。リピーターが多いのもわかります。もちろん英語もある程度話せます。しかも運転技術はピカイチ。車線変更を極力避け、ブレーキもカックンとならずにスムーズに踏み、車内温度にも気を配ります。これだけのサービスをする職業ですから、もう少し高い評価を与えられてもいいと思いますが。
 ある知り合いのハイヤードライバーの結婚式に参加しました。彼は、ある女性会社社長のお抱え運転手でした。その社長は体が不自由で、車の乗り降りに人の助けが必要な体でした。そのドライバーは誠心誠意尽くし、何と社長の娘と結婚しました。行く末は社長ですよ。こん玉の輿はみたことはありません。世の中、いつも真面目にしていれば何かいいことがあるものですね。

2009/05/18 (Mon) 20:13
新型インフルエンザは神の仕業?

 いやはや、大変なことになってきましたね。神戸、大阪の学校は相次いで休校、観光地は客が来ず、サッカーは観客なしで試合をするとか。いくら何でもやりすぎかと思う気もするが、これは神のいたずらか、人類に対する警告か。そう思うようになることもある。そもそも天変地異や流行は、原因も何も人間の力ではどうしようもない。せいぜい後処理に奔走し、新しいワクチンの開発など、予防することが精一杯だ。古くは1918年のスペイン風邪が有名だ。当時、何千万人もの人々が亡くなった。あれとて何のまえぶれもなく、あっと言う間に世界中に広がった。1918年と言えば、第一次世界大戦が終わった年だ。神が戦争のようなばかげたことをする人間を戒めたのだろうか。今回も似ているような気がする。リーマンショックのように金次第で世界があたふたするような世界を見て、人間に戒めを与えているのではないか。そう考えると、過去の大災害は、神の戒めともいえる。3年前のニューオリンズのハリケーンは、イラク問題を引き起こしたブッシュへの戒めか。

2009/05/17 (Sun) 20:48
団塊の世代の後は、正義の世代?

 団塊の世代が退職の季節になってきた。昭和20年~昭和30年頃に生まれた世代だ。戦後の平和ボケした世代、日米安保や国歌国旗問題反対世代、やたらと自分個人のイデオロギーを乱発する世代、偏差値教育が嫌いで何でも平等主義が多い世代だ。私はあまり好きではないですね。教師の中でもやたらと主任正反対、管理職批判、受験教育嫌いが多く、日教組のボスのような者が多く存在した世代だ。彼らの多くは補習や英検にあまり一生懸命ではない。教師が公務員だと思っており、最低限おことしかせず、さぼることと自分たちの権利にはやたらと煩く、とにかく管理職には敵意むき出しだ。彼らの本心は一体何なのか?体制批判なのか?確かに彼らの世代は、東大安田講堂紛争、赤軍、よど号事件、日米安保闘争など、理解に苦しむことをする者がおおかった。よく言えば「今の日本はこれでいいのか」と思っていた者が破壊的行為を繰り返していたのだろう。それはともかく、彼らと全く意見が合わないのは、死刑論争だ。悪さをしたら罰するのが当然なのに、団塊世代はやたらと犯罪者に甘い。死刑廃止弁護士の多くはこの世代だ。「豊田商事社長のような悪党は即刻死刑にすればいい」と言う、団塊世代がすぐに文句を言ってきた。定時制の生徒が暴力団に入って、担任が困っていた時、私は「とっとと退学にさせればいいではないか」と言ったら、団塊教師が「それは教師失格だ」と抜かしやがった。後先のことが考えられないのだろうね。案の定、校内でクスリが売られた時はすでに時遅しであった。生徒を救うことが何なにかを勘違いしているんだろうね。金八かぶれが多いのもこの世代だ。
 それに対して、昭和30年~40年生まれの「偏差値世代」のほうが、まだ白黒はっきりさせようとする気持ちが強い。給食費未納、授業料未納者は卒業を認めないのは当然だと思っている。団塊世代の甘口教師は、そこを許してしまうんだろうね。校長が給食費立替などとおかしなことも起きている。特別指導も同様だ。高校では普通問題行動は3回までだ。団塊教師は4回でも退学にさせようとしないが、偏差値世代は3回で即刻退学だ。このように白黒はっきりするのはある意味いいことかもしれないが、包容力がやや足りない世代だ。また、親から愛情をかけられていない世代でもある。テストの点数さえよければ親が喜ぶのを知っているから、点数のことばかり気にする。また親から善か悪かを2択しか教えられていないので、幅が狭い。しかしその分、他人の犯罪には厳しい世代だ。この世代は、死刑賛成、ゆとり教育反対、少年法反対、人には厳しく!の世代だ。昨日、久しぶりに大学の同期と飲んだが、やはり同じ感覚だった。しかし一歩間違えるとオウムのようないんちき宗教にはまってしまう。何故なら右脳が育っていない世代だからだ。自分が認められた経験がないのも理由の1つだろう。私も自己啓発やNPOにはまったクチだから人のことは言えない。

2009/05/17 (Sun) 15:11
裁判員制度は不評。冤罪と見逃しが多い。

 昭和41年に静岡県清水市で味噌工場の経営者ら一家4人が殺害され、家が放火された。その後、従業員の袴田氏が逮捕された。所謂「袴田事件」だ。長年、冤罪かどうかで争われたが、最近になって、当時、死刑判決を出した裁判長が、マスコミに「あれは冤罪だった」と暴露した。彼はその後、一家離散になり、弁護士資格も失った。先日も、北海道警の裏金作りを暴露した警官が、文字通り報復人事で「窓際族」になり、定年まで巡査で終わってしまった。内部告発してすべてを失う者後を絶たない。これでは正義がなくなってしまい、隠れた密室で何でもOKになってしまう。袴田事件は確かに疑問点が多い。警察の取調べは、10時間以上続き、時には暴力も振るわれ、容疑者が「やりました」というまで徹底的に続く。この自白が決定的な証言になってしまう。だからもしやっていなかったら絶対に認めてはいけない。しかし警察も「仕事」だから必死だ。昔から警察は対面、体裁、世間体ばかりを気にする。だからどうしてもでっちあげを作ってしまう。袴田事件以外にも、同様な冤罪は多い。
 しかし冤罪を恐れる余り、本来取り逃がしてはいけない犯人まで簡単に取り逃がしてしまう。先日の名古屋の親子殺人は、警察が犯人を見ているのに逃がしてしまっている。世田谷一家4人殺害事件でも、ルポライターが犯人を特定しているのにん、全く動こうとしない。
 マスコミの報道も問題だ。本日のテレビ朝日「ザ・スクープ」でも、裁判員制度がテーマだった。元々この制度は、裁判という密室で決められてきたことが、民間人の感覚とあまりにもずれていることの反省から設けられたものだと思っていたが…。意味のない時効、意味のない少年法、意味のない精神鑑定、正義をねじまげる死刑廃止弁護士など、今の日本の法律は明らかに犯罪者と少年に甘すぎる。そこが根本問題だ。だからある意味では、冤罪冤罪と騒ぎすぎると、本当に悪さをした犯人を取り逃がす危険があるということだ。三浦和義氏のように、散々マスコミを騒がせても、13年で日本の刑務所を出所し、のうのうと暮らしていた者が今後も現れやしないだろうか。しかも彼はマスコミ何社かを訴え、実に8割以上で勝訴している。これでは日本の法律は何だ?と思わざるを得ない。三浦氏は無罪かって?そんなこと誰も思っていないでしょう。もし無罪なら、真犯人は誰ですか?そんな人はいませんよ。明らかに冤罪はともかく、明らかにすりぬけている犯罪者は相当いますよ。本日のテレ朝の内容も、このように日本の判決の甘さを追及すると思ったら、最初から「袴田事件」のような冤罪事件による警察の取調べの問題点ばかりをとりあげてきた。これも朝日新聞、テレビ朝日系列の、超変更的、左翼的、反国家的なマスコミならではの報道だが、これでは警察に「もっと優しい取調べをしろ」と言っているようなものだ。これだから警察の検挙率も下がるし、凶悪犯罪が増えるのだろう。
 同様に、朝日系は学校も散々叩いてきたから、少年犯罪が増え、学校崩壊を招いたことがわかっていないのだろう。体制をぶっ潰せば逆の問題点が起きるということだ。無責任極まりない。そうそう、いじめがなくならないのもこいつらのせいだ!

2009/05/17 (Sun) 01:33
議員さんの朝の駅でのビラ配り…内容はいまいち

 私の最寄り駅には某政治家の事務所があり、時々、朝、ビラ配りをしている。今回も民主党の選挙前ということもあったからだろうが、「○○の3つの約束」というタイトルで公約が書いてあった。年金問題、経済対策、教育改革であった。どれもこれも理想論ばかりで、ありきたりの内容だった。その中でも、教育改革の内容は最悪だった。

  「日本は人材がすべて。現在、教育予算が財政の都合で大幅に削られ、地方に委ねられた結果、豊かな県と貧しい県との間で教育に格差が生じる恐れがある。日本全国どこの地域に生まれても、十分な教育が受けられるよう、国で予算を手当てし、基礎教育を充実するためのカリキュラムと教員の質の向上を図り、教育大国日本を取り戻さなければならない」

 何の具体例も、何ら斬新な改革案も書かれていない。この論だと、教育格差は金で何とかなると言っているようなものだ。そんなことではないだろう。金をかけたところで甘やかし教育では何の意味もない。基礎教育を充実するカリキュラム?それはゆとり教育で失敗しただろうに。そもそも基礎教育を徹底させるのなら、40人学級に1教師ではもう無理だ。言うことを聞かない生徒、特別支援教育の影響で、多動性症候群のような生徒と普通の生徒が同じ教室なんて有り得ない。真面目で落ち着いた環境で勉強したい生徒から隔離しなければならないだろう。教員の質の向上?逆だろう。教師の言うことを聞くように生徒を躾けることのほうが先決だろうが。何でも教師の質の向上に結びつけるな!この世間知らずが!教育大国にするのなら、以下の条例を即刻作りなさい。
1.体罰は必要に応じて認める。
2.親は学校に文句を言ってはいけない。
3.教育委員会は親や生徒の苦情を聞いてはいけない。
4.教員免許更新制を撤廃する。
5.1クラスは30人までとする。ただし進学高校は40人も可とする。
6.教師を今の倍にし、担任と教科担当は別とする。
7.教室や廊下に防犯カメラを設置する。生徒にプライバシーのないことを徹底的に教える。
8.総合学習、奉仕活動を撤廃する。
9.週休1日に戻す。

2009/05/15 (Fri) 23:12
自殺が過去最高?当たり前だろう!

 自殺者の数がまたしても3万人突破。これで11年連続だとか。今回は不況、リストラ等のせいで30代、50代が増えたとか。原因が鬱病が多く、専門家と官民が連携して対策に取り組むとか。しかしそんなことは昔から言われ続けてきたことではなかったか?いのちの電話は30年以上前から存在した。そもそも自殺する者はいちいち相談なんかしないよ。相談したところで、返ってくる答えはみな同じだ。そもそも自殺したいと口にするだけで変人扱いする者が多いしね。自殺する人はそれほど切羽詰っているんだよ。自殺したほうが、生きているよりも楽だと思うんだよ。しかも普段からそう思っているいと、電車のホームなどで突発的に飛び込む人も多いのもわかる。「悩みを解決するのに自殺以外の方法がある」ことを学校で教えることが必要だと、能天気な教育評論家がおっしゃってましたが、それとて昔から言われてきたことだ。
 最近、3万人という数に慣れてきたせいか、さほど驚かなくなってきたのは気のせいだろうか。1年が365日だから単純に1日100人近くだ。気になるのが、いじめによる自殺がカウントされているかだ。かつてのゼロ報告を見るまでもなく、怪しいもんだ。
 長崎で、中2男子がタバコ所持で指導後に飛び降りたことについて、事故死から自殺に修正されていたようだ。結論から言えば「教師の行き過ぎた叱責」が原因を市教委が親の訴えにより認めたことになった。おそらく個室で教師に色々言われたのは用意に想像出来る。問題は、最近の子供は叱られた経験があまりないので、怒られた時に相当なショックを受けたことも容易に想像できる。しかし問題なのは、この生徒が日頃からどれほどひどかったか、この中学校がどれほど荒れていたかは一切書かれていない。このような事件が起きる度に、学校側ばかり責められるが、今回の件で他の生徒が教師の言うことを聞かなくなってしまわないだろうか。教師がいじけて厳しい生徒指導が出来なくなってしまわないだろうか。かつての近大付属高校で、補習を邪魔した女子生徒を教師が突き飛ばしたら、後頭部をぶつけて死んでしまった事件があった。神戸では校門圧死事件があった。あのような事件が起きる度に、マスコミや教育委員会は、行き過ぎた生徒指導を自重するような圧力を学校にかける。そうなったら厳しい指導など一切出来なくなり、実質、放任が始まる。学校崩壊になるのは目に見えている。だから最初は教師の叱責と飛び降り自殺が因果関係がなかったことにしたかったのだろう。教師の立場で言えば複雑な心境だ。しかし残念なのは、自殺してしまったことで、本来のタバコ所持が何故悪いのかを教えられないままになってしまった。本来教えなければいけないことが、いつも教師の行き過ぎた指導ばかりが全面に出るので、曖昧になってしまう。教育界はいつもこのことがジレンマだ。いじめとて同じだ。いじめが悪いことを教えようとしても、いじめた側が言う事を聞かない。親がすぐに文句を言う。いじめ側は何も反省すらしない。理不尽な世界だ。

2009/05/15 (Fri) 22:25
福岡3児死亡飲酒事件で「危険運転致死傷罪」懲役20年

 危険運転致死傷罪か業務上致死かが焦点のようだが、そんなことはどうでもいい。問題なのはただ1点。酒を飲んで運転し、幼児3人が死んだことだ。しかも事故後逃走し、証拠隠滅のために水を飲んでごまかそうとしたことだ。しかも警察の目の前でだ。こんなのは「死刑」でもいいくらいだ。事故に逢われた一家は、追突されて橋から川に落ちていったのだ。落ちていく時間は何を思ったのだろうか。想像するに余りある。奥さんは沈み行く車に何度も潜水して子供を助けようとしたが叶わなかった。事故後、また子供を出産した。そのシーンがテレビで放映されたが、奥さんは泣いていた。私も泣いた。それほど人間の命とは本来厳粛なものなのだ。
 事件の名称なんかどうでもいい。酒を飲んで3人殺した。それだけではだめなのか?裁判員制度が面倒なのは、このあたりだろう。民間の意見を聞くにしても、面倒な裁判用語が邪魔しそうな気がする。
 犯人の今林被告は24歳ですか。ちょうど、ゆとり教育が始まったあたりに学生だったのだろう。学校では何をしてもお咎めのなかったような生活を送っていたのではないか。学校生活で厳しい指導を逃れてきた者は、必ず大人になって取り返しのつかない行為をしてしまう。だから若いうちに厳しい躾が必要なのだ。今林被告のような自己中心的な人間はますます多くなってくるだろう。

2009/05/15 (Fri) 21:52
海外に比べれば日本はまだましかも…

 いくら日本が不況だからと言っても、まだまだましなほうだろう。最近、きな臭い事件がアジアで起きている。ざっとアジアでここ最近の事件を思い出してみよう。北朝鮮はミサイル問題、中国は四川大地震、タイは空港閉鎖、ミャンマーはスーチーさん軟禁+追訴、アフガンは万年不安定、インドは映画「スラムドッグミリオネア」の主人公の少年がホームレスに。
 そんな日本だが、またタクシー強盗が相次いだ。許せないのは、元プロボクサーは女性ドライバーを襲った事件だ。ドライバーが抵抗したため、数千円の料金を踏み倒し、逃走した。もう1件は、東京の南青山で、男性ドライバーがナイフで切られ、運賃の数万円を踏み倒された。もう何でもありの国になりつつある。1週間前にも、名古屋で親子が殺され、警察が犯人を見過ごした事件があった。警察の検挙率はますます悪化する一方だ。最近の警察はやたらと国民に媚を売ってやしないだろうか。恐いおまわりさんが少なくなってきた。そんな日本だが、やはりまだまだまだまともなほうだろう。
 許せないのはスリランカだ。東洋の真珠と言われ、紅茶の産地としても有名だが、昔からタミル族、シンハリ族の争いは続いてきたが、今回のような住民を盾にしたようなやり方はかつてなかった。よほど切羽詰ったのだろう。まるで太平洋戦争時の沖縄戦と同じだ。

2009/05/14 (Thu) 00:26
プーチン来日に都内は大騒ぎ

 いやはや、首都高があちこちで通行止め。永田町、霞ヶ関に通じる道はあちことで封鎖、規制。右翼の街宣車もここぞとばかり大音量で抗議活動だ。シンガポールの首相も来日中だ。海外のVIPが来る度に幹線道路は迷惑千万だ。そもそもロシアと日本の歴史は古いが、戦前から口汚い日本人りロシア兵のことを「ロ助め!」と呼び、軽蔑していた。私もロシア人にはあまり良い印象はない。個々の人間はともかく、長年の共産主義政権のせいで、人の心が疲弊しているのだ。共産主義やそもそも人間の本能に逆行するものだ。一生懸命やってもやらなくても給料は変わらない。だから他人や客へのサービス精神がまるでない。モスクワ空港や駅はおよそ首都とは思えないような汚さだ。しかし国力はある。最近は石油や天然ガスのおかげで超大国になりつつある。共産主義体制を名残を残しつつ資本主義を取り入れるとどうなるか。中国同様、格差が生じる。しかし共産圏に人権のかけらもない。あまり住みたくない国であることに違いない。
 そもそもロシアと日本の歴史は、略奪、協定、裏切り、大量殺戮の歴史だ。最もひどかったのが、第二次世界大戦での裏切りだろう。敗戦が濃厚になった日本が最後の講和を願って、協定を結んでいたロシアは、日本を裏切り、連合国の一員として、戦後の日本を分割する策略を練っていたのだ。アメリカがいなければ、日本は北方領土はおろか、北海道も奪われ、朝鮮同様、南北に分断させられていたのかもしれない。実に悪質でふざけた国だ。日露戦争、ノモンハン事件などでは、お互い多くの国民が血を流した。戦後は冷戦のせいで、ロシアと日本は敵対国に近い存在だった。衝撃的だったのが、昭和58年の大韓航空機撃墜事件だ。韓国の旅客機なのに、格安で日本人も多く利用していた。私も撃墜された日の前日に同じ大韓航空機でアメリカからソウル経由で日本に帰ってきたので、人事ではなかった。ロシア(当時ソ連)の、人命を何とも思わない冷血ぶりには、心底戦慄を覚えたものだった。
 問題は北方領土だ。戦後64年、日ロ交渉はほとんどがそのことに費やされた。最近では二島返還論も持ち上げられtいるほどだ。まるで北朝鮮の拉致問題と同じようなものだ。日本はとられたものを返してもらえないような情けない国だ。

2009/05/09 (Sat) 23:31
新型インフルエンザの教育界への影響

 最初に「豚インフルエンザ」が報道された時は、「鳥インフルエンザ」「サーズ」のような感覚だったと思うよ。対岸の火事のようなもので、自分には関係ないと思っていた日本人がほとんどだったでしょう。しかし予想に反して、今年のトップニュースになりそうですね。何せ、海外に行っただけで感染してしまうのですから。ましてや米国やカナダのように治安や衛生の良いとされる国で猛威をふるい、感染者の近くにいれば簡単に感染してしまう。飛行機の中は密閉空間だ。簡単に感染してしまう。
 可哀想なのは、修学旅行、研修旅行、短期留学等で海外に行っていた高校生だ。まるで黴菌扱いのように連日マスコミが学校の周りをとりまき、校長がインタビューに応じている。あれでは高校が特定されてしまう。いくら何でも人権問題ではないか。すぐに誰だか特定され、やがていじめの対象になることは必至だ。日本人はその手の口は非常に緩い。とある中高一貫校では、6年に一回の修学旅行をやむなく延期することになりました。海外への修学旅行が流行ってきましたが、このような事件が起きると考え物ですね。
 今回の件は、昨年のリーマンブラザーズの破綻が対岸の火事でなかったのと同様、世界的な大問題になってしまいましたね。リーマン事件は人間のエゴに対する自業自得だと思いますが、新型インフルエンザは防ぎようがないですね。かつてのスペイン風邪のように、神が人類に警鐘をならそうとしたのでしょうか。あるいは、増え続ける人口に対して、淘汰しようとしているのでしょうか。いずれにせよ、人間の力ではどうにもならないことでしょう。かつてエイズが流行した時と同様、新たな対応を人類の叡知で考えなければいけないでしょう。

2009/05/09 (Sat) 18:11
第9回「いじめを許さない教師の会」での講演ー いじめの対処療法と早期発見

 いじめの早期発見が必要で、子どものいじめのサインを見逃すな!と言われて久しい。しかし問題はサインを認識してからが問題だ。子どもの気持ちをまるごと受容し、じっくり話に耳を傾ける等は昔から言われてきた。問題は、いじめを認識した教師の対応がマチマチということだ。従来のやり方にいつまでも拘っていては時代に取り残されるだけだ。形式的にHRで「いじめはいけません」と何度言ったところでいじめはなくならない。いじめによって子どもは視野が狭くなっている。緊急避難として学校を休ませたり、転校や引越しもやむなしの時代だ。しかし私はあまり賛成できない。また同じことが起きる確立が高い。やはりいじめはその場で解決するしかない。いずれにせよ、親や教師が本気で「子どもの命を守る決意を固め、必ず助けるとの意志を明確に子どもに伝える必要がある。問題は、口先だけでは子どもは信用しないということだ。いじめは休み時間、放課後に起きる。その間、教師は巡回すべきだ。いじめが頻繁に起きる学校に限って、教師が職員室から動こうとしない。見て見ぬふりだ。1人は無理な学校なら、2人以上で巡回すればいいではないか。問題はネットだ。時間場所を構わずだ。ならば警察に届けるしかない。先日、歌手のコウダミキさん殺害をネットに書き込んだ会社員が逮捕された。大人なら逮捕だ。子どもも同様にしなければいけない。ならば書き込まれたらショックを受けず警察に届ければすぐに犯人を捜してくれるよ。そんな書き込まれたことでショックを受けている暇があったら、書き込んだ相手に天誅をくらわしてやればいいではないか。そのくらいの反骨精神を持たなければだめだ。プロバイダーに削除依頼してもいいのですが、それでは書き込んだ奴らが何のお咎めも受けません。問題は、書き込んだ奴らへの復讐です。痛みで教えないとまた同じことを繰り返します。人間なんてそんなものです。自分の身の上に危険が迫った時だけ初めてその行為をやめるのです。
 そもそもいじめられっこに限って、早く仲直りしたい、もう一度みんなで…と思うようだが、そこが間違っている。本当に仲直りするには、一度喧嘩するしかない。かつては殴り合いをした後に仲直りしたものだ。今も同じだ。いじめられっこよ、もう少し反骨精神を持とう。とは言うもののそれが出来たら苦労はしませんよね。
 今回の講演の中で、加害者の子供への対策、周りで傍観していた子供たちの対策、学級全体への対策、保護者への対策が語られたが、すでに一般論として周知の事柄なので、ここでは書き込みは控えましょう。
 関心があったのは、各国の対応だ。スウェーデンでは教育法第一章で、「校内に働く職員は、ある生徒が他の生徒を侵害するような行為に対しては、絶対阻止しなければならない」とある。アメリカでは32州で「いじめ防止法」が制定されている。それは規定でなく「強制法規」であり、具体的だ。「書かれた」「電子的な」「口頭」「身体的」な意図的行為により、児童生徒及び教職員などに精神的、心理的若しくは身体的に危害を加える行為をいじめと定義しており、いじめなどの捜査、発見のために教職員に対する訓練を義務づけている。そしていじめを禁止するとともに、加害者、目撃者又はいじめの情報を有する者に対する復讐、報復を禁止している。また、いじめの禁止声明を義務付け、教職員や児童生徒によるいじめ発見時の通報及び州教育者へのいじめ発見報告を義務化している。さらに、いじめの被害者(加害者)の保護者へのいじめの発見報告の手続きを示し、指針に基づく行動を誠実にとった者に対する免責規定を設け、誠実に励行されなかった場合には、親や生徒に訴える権限を付与している。実にわかりやすく明確だ。これならいじめ撲滅に教師、生徒、親が一丸となれる。
 それに比べ、日本の行政は最悪だ。あれだけ騒がれたいじめ報道のあった平成18年、衆議院文部科学委員会で、公明党の遠藤乙彦議員によって「わが国もいじめ防止策基本法を制定する必要があるのではないか」と当時の伊吹文科省に質問があったが、これに対し、伊吹氏は「いじめ防止のための基本法が議員立法等でつくるという示唆は大変有意義」と評価したが、「いじめをどう定義するかが非常に難しい」と答弁することにとどまった。そんな環境なので、各自治体で対応するしかないのが現状だ。千葉県ではいじめゼロ子どもサミットを開催し「いじめゼロ戦験」を採択、佐賀県伊万里市でも「いじめなし都市宣言」、東京都調布市でも「いじめや虐待のないまち宣言」を採択し、兵庫県小野市でも「いじめ等防止条例」を制定している。小野市が全国で始めて「いじめ防止条例」を制定したことは注目されるが、条例制定をする場合には、理念条例にならないような規制の範囲や方法、その実効性などについて議論を深めて合意形成を図る必要がある。そこが難しいところだ。誰もがいじめはなくなれば良いと思っているだろうが、いじめ撲滅が難しいのは、どこまでがいじめなのか、いじめを発見したらどう対処するのか、いじめた子どもや親にどのような処罰をするのか、いじめられた子どもをどう守るのか…。あまりにも課題が多いし、出来れば関わりたくないというのが本心だろう。しかしいじめは人間1人の生死に関わる問題だ。自殺しなくても、一生心に傷を負って生きていくのは心が死んでいるのと同じでしょう。それほどいじめというものは深刻なものなのです。一刻も早い条例制定が待ち望まれます。


 

2009/05/06 (Wed) 22:01
第9回いじめを許さない教師の会ー高橋史朗氏の講演ーいじめの背景といじめっこの心情

 初めていじめが社会問題になったのが昭和61年の鹿川君事件だった。所謂「葬式ごっこ」に担任も参加した事件だ。当時は、中曽根首相の元、臨時教育審議官が発足し、所謂「ゆとり教育」の原形となるものが考え出された。そんなお役人がたわごとばかり、机上の空論を考えている中で、いじめは着々と進行していった。しかも形を変えて。従来のいじめと明らかに異なってきたのは「遊び型いじめ」の特徴を持ってきた。特徴としては
①ある特定の行動傾向をもつ子供を中心とするグループによる組織の行動であること。
②ターゲットにされた子供に、ある演技をするように暴力的に強要し、笑いの種にしている。
③いじめ行動それ自体を楽しむ「遊び」であり、クラスの子供の大部分や、時には教師をも巻き込んでいる。
④長期にわたり、陰湿に繰り返されること。 ③④はまさに「葬式ごっこ」そのものだ。

 驚いたことは、その葬式ごっこに関わったクラスの生徒の数年後の発言だ。的を得ていたが戦慄する内容だ。とくとご覧あれ。
「みんな刺激に飢えていた。将来の夢なんて誰も持っていなかった。僕らは確かに不自由なく育った。辛いこともなかったけど、楽しいこともなかったよ。中学に入った時から高校入試を意識させられた。でも漠然と高校に入って、その後は何をして生きていくのか、いい高校に入ったからと言って、それが何なのか。ごく少数を除けば、将来何になりたいとか、どんな仕事をしたいとか、誰も思っていなかった。ぜんぜん生きる目的がなかったのです。だからけんかとか、いじめなどがあると、わーっと盛り上がっちゃう。中学生には自分の家と学校しかないから、刺激への飢えが数倍強かったと思う」
 何だか人事とは思えませんね。この気持ちが現在の中学生はもっと強くなっているのかも知れませんね。いじめの背景には、自己肯定感や、時運はかけがえのない存在であり、価値あるものであるという「自尊感情の欠如」、さらには、人の心の痛みを感じる「共感力や自己抑制力の欠如」という共通の問題がある。自分のアイデンティティーを内側から認識できず、他人との差異を外側から相対的に比較して認識しているために、いつも不安で自信がなく、「生きる目当て」もない中で刺激を求めている、というわけである。SMAPの「ナンバーワンにならなくてもいい…」という曲が空しく聞こえる。
 ではどうしたらいいのか?根本両方と対処両方の両方のアプローチが必要だ。いくら学校や政府の悪口を言っても始まらない。いじめは現に起きているからだ。やはり親が子供から何でも聞けるような関係を維持し、学校も真剣にならなければいけないのだが…。しかしそんなことは昔から言われて来ましたしね。問題なのは、いじめられている子が「闘う姿勢」を持たせるような姿勢を、担任が示すことでしょう。ならばその担任のレベルアップはどうするのか?まだまだ課題は多い。最悪の場合は「いじめバスターズ」に頼んでもらうしかないか。
 

2009/05/06 (Wed) 21:27
この年になってようやく映画を見始めた…

 最近、映画を見る回数が増えてきた。本日も「ミルク」を渋谷で、先日は「グラントリノ」を池袋で見た。本当は、本日、新宿で「イエスまん」を見るつもりだったが、空席なしでアウト。慌ててピアで「ミルク」の上映館を探したら渋谷のオルガン坂であるとか。そんな感じで、最近の休日は映画三昧だ。先月は「チェンジリング」を見た。しかしwowwowのテレビ欄を見ていると、上映半年ですぐにテレビで見られる。何だか存した気分だが、やはり映画館で見ると臨場感が全く違う。見た後は、妻とグルメ探索だ。映画も食事も妻とは全く趣味が合わないので、毎回交互にどちらかの意見を尊重するようにしてきた。妻は生死に関する映画が嫌いで、「おくりびと」「私は貝になりたい」を見に行った時は、相当ごねられてしまった。
 しかしどの映画にも「いじめ」が存在している。「ミルク」はホモセクシャルの男性たちが市民権を得ようとして政治活動をした実話だ。主人公のミルク氏は最後は銃殺されてしまう。まるで、人種差別撤廃運動を促進したケネディー元大統領が暗殺されたのと同じだ。アメリカでは昔から銃が規制されていないので、敵対する政治家やマイノリテイーを快く思わない連中が、目だってきた政治家や思想家を殺してしまう。果たしてこれが民主主義発祥の地かと思うほど、アメリカでは歴史上銃殺事件が後を絶たない。リンカーン、キング牧師、ケネディーは人種平等を訴え、逆に白人至上主義のkkkらによって暗殺された。そもそも黒人をアフリカから勝手に連れてきたのは白人のアメリカ人ではないか。自分たちが欧州から自由を求めて渡ってきたのに、後から連れてきた奴隷の黒人を人間として扱ってこなかったのは、まさしく人間のエゴであり、いじめそのものだろう。今回の映画「ミルク」の主人公は、サンフランシスコの一角にゲイ専門の店を作り、やがてそこが日本の新宿2丁目のようなゲイのメッカになってしまった。しかしそのことをよく思わない市長らによって迫害されそうになったが(これはナチスやセルビア人の民族浄化と同じ)、自分が政治家に立候補し、やがて市民権を得るようになった。銃殺されたのが1978年。その後、ゲイは市民権を得たと言ってよいだろう。
 しかし黒人やアジア人が市民権を得るのと、ゲイのそれとは明らかに異なる。何せ同性愛だから、煙たがれるのの当然だろう。しかしホモやゲイの生まれる原因は、妊娠中に母親が心理的に不安定な場合に生まれる確立が高いようだ。日本でも著名な有名人がホモであることは有名だ。私の出身大学の有名教授もホモであった。しかしそれは「悪い」ことなのだろうか?私はそうでないと思うよ。人の趣味、性癖は他人がどうのこうの言う問題ではないはずだ。最近は、芸能界でもニューハーフが数多く頑張っている。生まれつき、自分が生まれた性に疑問を持つ人はかなり多いと思うし、それで性転換するのも仕方ないと思うよ。問題なのはそれを受け入れる環境があるかどうかだ。残念だが、今の日本もアメリカもまだまだイジメの対象になってしまう。

2009/05/05 (Tue) 18:46
第9回いじめを許さない教師の会ー高橋史朗氏の講演ーいじめの定義が変わってきた

 近年のいじめは、携帯電話やパソコンを使った、所謂「ネットいじめ」が横行している。その特徴は、①匿名性 ②場所や時間の制約を受けない ③いつどこで誰から攻撃されるかわからない恐怖がある ④被害者はネット上の情報を消去できず、いじめかを受けたら逃げ場がなくなる。
 ここで留意してほしいのは、④のことを気にして自殺してしまう中高生がいるが、これは決して諦めることではない。ネットに書かれたことは、誰が書いたか特定できるということだ。書かれた内容を警察に見せれば、すぐに犯人を特定してくれますよ。それを担任や校長に言えばすぐに動きますよ。問題は、何もしないで「自分は嫌われている」と思い込んでしまうことです。世の中、人から悪口を言われない人なんかいませんよ。麻生首相、小沢民主党党首なんかどれだけ悪口を言われたかわからないでしょう。星野監督やイチローもしかりです。あの三浦和義氏は、マスコミに悪口を書かれ、そのことで裁判に訴えたら8割勝訴したそうです。問題なのは黙っていて何もしないことです。相手をギャフンと言わせたり地獄に落としれtやろうと思ってもいいのですよ。何故なら相手は自分を陥れた「人間のクズ」だからです。クズは徹底的に痛めないと、また同じ事を繰り返しますよ。

 本題に戻しましょう。これまでのいじめは、加害者、被害者、観衆、傍観者の4層構造だったが、現在はネットのせいで、いじめられる側がいじめる側にまわるなど、流動的になっている。いじめが複雑化、多様化し、大人から非常に見えにくくなってきている。その結果、文科省はいじめの定義を変えた。旧定義(昭和61年ー鹿川君事件が起きた)では、いじめは、①自分より弱い者に対して一方的に、②身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、③相手に深刻な苦痛を感じているもの、とされており、個々の行為がいじめにあたるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うことに留意する必要がある、としていた。
 しかし昨今のいじめの複雑な背景を考慮し、いじめと判断されにくい要因であった「一方的」「継続的」「深刻」の3要件を撤廃し、「いじめ」とは「当該児童生徒が、一定の人間関係のあるものから、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」に改められ、「なお、起こった場所は学校の内外を問わない」とした。
 
 しかし何かおかしくありませんか?この改訂は、いじめられる側がいじめる側に回ることへの危惧感に起因するものだと想像できる。何か曖昧な感じがする。そんなことよりも他に改訂すべきことはなかったのだろうか?問題なのは、いじめが発覚した時の教師や親の対応、いじめた側の罰則が全く触れられていないのだ。これではたとえ「いじめ」が発覚しても、何の解決にもならない。虐待防止のために近所の住民が通報することになっても一向に進まないのは、親への罰則が曖昧だからだ。一刻も早いいじめの罰則を条例化する必要が急務だろう。いじめた生徒は鞭打ちなどの体罰が最も効果的だよ。体罰がダメだなんて言っているのは、所詮机上の空論で、人間の本来の姿を知らないんだよ。
 

2009/05/05 (Tue) 17:56
いじめの極みが戦争ー慰霊堂、靖国神社、がラビ・糸数豪を見て

 東京都墨田区の両国国技館脇に、横網町公園がある。あまり知られていないが、ここは東京大空襲で亡くなった方の遺骨が納骨されている慰霊堂がある。周りには、日大一校、同愛記念公園、旧安田庭園、江戸東京博物館などが立ち並ぶ。その近くに何万もの市民の遺骨が納められているのだ。近くの二葉小学校も多くの人が亡くなった場所だ。復興記念館や江戸博物館には、東京大空襲や関東大震災で焼け残った遺品が展示されている。この区域は、最も被害の多い地域だ。アメリカ軍は日本の家屋が木造で、焼夷弾が効果的であることを実験済であった。言問橋には、橋の両側から人が押し寄せ、橋の上で行き場を失った人々は橋から身を投げて、多数死亡した。そこへ行ったが、全く面影がない。もう相当過去のことのような気さえする。
 靖国神社は花見で有名だ。入り口には屋台が並ぶ。しかし奥に入るに従って、雰囲気は変わる。多くの老人が記念撮影をしていた。見ると「レイテ島戦死者遺族の会」と書かれてあった。レイテは激戦区だった。おとり作戦でうまくハルゼー機動隊を北方につりあげた小沢歓待の無電と同時にレイテに栗田艦隊が突入するはずだったが、何故か偽の無電のせいで突入しなかった。情報戦で日本は明らかにアメリカに遅れをとっていた。レイテにマッカーサーが上陸した時、私の父の兄はそこで迫撃砲でやられ戦死した。
 修学旅行の沖縄は平和教育にはもってこいだ。糸数豪、ガラビ豪は実際に入れ、現地の語り部のガイドが解説してくれる。真っ暗な豪の中は、地下に斜めの階段を入っていく。井戸やベッドの跡が残っており、タイムスリップしたような感じだ。「このベッドで麻酔もせずに脚を切った」という言葉にはぞっとさせられる。戦争では問答無用で勝者と敗者に分けられる。敗者は無条件降伏で相手の言いなりに成り下がる。その延長が日米安保であり、アメリカ思想の押し付けだ。戦後教育の日教組による国歌国旗反対運動だ。日本は見事に洗脳されてしまった。関わりのない戦争でも、やれ燃料補給だの自衛隊派遣だの無理強いしてくる。日本は何も言い返せない。これがいじめの構図だろう。表向きは日米安保だが、どう考えても不平等条約と変わりがない。日本は魂も売ってしまったのだろう。
 

2009/05/05 (Tue) 12:14
少子化の原因は学校教育、家庭教育…。原因がわからない政府の怠慢。

 子供の人口に対する割合が28年連続減少しているそうだ。全人口の13%。7人に1人の割合だ。それに比べて老人は長生きするようになった。このままでは老人の年金を拠出する人口層が減り、年金そのものが破綻しかねない。というのが政府の見方だが、何かおかしくないですか?老人が長生きすることは、医療、年金、福祉の充実の結果だ。で、年金が払えなくなるのなら老人に早く死ねということか?それとも若者がもっと子を産めということか?今の政府は、やたら老人のケアばかりしているようにも見える。マスコミも少し医療費を上げただけで大騒ぎしている。ならば老人に長生きしろということか?とにかく一貫性がない。老人の孤独死、1人住まいが多い。それも当然だろう。戦後、やたらと三種の神器、3DKの団地など、核家族を進めてきたではないか。その時点で、老人の孤独が広まった。そりゃそうだろう。世の中、何でも簡単で便利なことばかりに視点が向けば、うっとおしい祖父母なんかと一緒に住まなくなるなるだろう。核家族が進んだことで、祖父母が自分の子供が親になった時の子育てを教えられなくなったために、子供を泣き止ますことが出来ない親が増えた。虐待死も増えた。子育てのイロハを全く知らない親が急増した。そんな親に育てられた子供は、愛情を受けず、愛情欠乏症となって成長する。愛情を知らないから異性をくどけない。だから少子化が進むのだ。
 クラスの中を見ると、異性にほとんど縁のない生徒が半分近いる。校則を守らず教師をてこずらせる者のほうが、異性をゲットするノウハウはよく知っている。普通に異性と話をしている。そのような人間が半分近く。で残りは?と言うと、所謂「オタク」に近い存在だ。見るからに親の言いなりの「良い子」を演じてきて、自分を殺している。アスペルガー症候群、高機能自閉症は急増中だ。試験の点数はそこそこなのだが、人とのコミュニケーションがとりづらいタイプの子供たちのことだ。そんなものは自分で訓練して身につけるものだ、というのが一昔前の発想だが、最近ではそれも「障害」になってしまう。そんなこと言えば私も間違いなくアスペルガーになる。友人との距離、微妙な人間関係、相手への配慮は相変わらず下手だ。何より異性は苦手だった。そんなものは以前に覚えろ!と誰もとりあってくれなかったような記憶がある。しかしこれは絶対におかしい。そもそも、「勉強だけしていればいい」「異性のことなど無視しろ」などと言われ、ひたすら勉強してきた子供は数多いと思うよ。ひょっとしたらアスペルガータイプの子供は、みな親に「勉強しろ」と言われて育てられてきたのかもしれない。そんな子供が大人になっていざ結婚しろと言われても、相手を見つけられない、口説き方を知らない、デートの仕方を知らない、セックスの仕方を知らない…。要するに学校で教わっていないから何もわからないのだ。そして興味を持つことと言ったら、エロ本、裏ビデオなどのエッチ物だ。だから余計に歪で屈折した性意識になっていく。秋葉原オタクが増えていくのはわかるよ。
 ならばどうしたらいいだろうか。簡単だよ。学校で性教育を普通にすればいいんだよ。行政は何を勘違いしているのか知らないが、避妊の仕方、性病の恐ろしさ、などを人形を使って指導している。これではおかしな性意識を増長させるだけだろう。ならば異性の口説き方、異性への接し方、異性へのエチケットなどを教えたほうがいいのではないか。もちろんそんなものは自分で学ぶべきだと言う者もいるだろう。では聞くが、誰に教えてもらうんだ?大人しい真面目なことが美徳だと思っている子どもは、そんなことはどこからも教えてもらえない。親も教師も友人も教えない。だから1人で想像するしかないのだ。江東区のマンションで、同じマンションに住む女性をバラバラにして殺してしまった星島容疑者はまさにその人種だろう。女性を「もの」としか見られないような人生だったのだろう。いざとなったら犯すことも出来ず、ばれそうになったら殺してバラバラにしてしまった。「子宮があったので女性だと思った」などと平然と言っている。このような感覚になっている男は多いだろうね。

2009/05/04 (Mon) 19:53
第9回いじめを許さない教師の会ー高橋史朗氏の講演ー自己肯定感がないといじめに走る

 高橋氏の着眼点のいくつかは私とだぶっているので心強い。しかし世の中、同じような志の方がいらっしゃるのは神の導きか。私が気になった新聞記事をとっておくのだが、その中のいくつかを彼は講演会で紹介したのだ。前世は兄弟だったのかもしれない。 
 今回のテーマは、「自己肯定感のない日本人」「自分はダメだと思う日本人」の中高生を対象とした調査で、驚くべき数値が先日の新聞で公表された。何と日本の中高生の60%以上が、自分はダメな人間だと思っているのだ。ちなみに、中国は13%、アメリカは27%だ。日本人は実に3人に2人が自己肯定感がないということだ。これは実に忌忌しき問題だ。と言っても私も今だにダメ人間だと思っているから人のことは言えない。青年期に自分はダメだと思い込んでしまうと、一生その思い込みは続く。そして肝心な人生の分岐点で、この負の感情が顔を見せる。負け犬の方程式のようなものだ。
では何故自己肯定感がないのだろうか。私の場合は、両親の影響が大きかった。親の理想の教育は、「9褒めて1叱る」なのだが、私の場合は「10叱られた」記憶しかない。いや、叱られると言うよりも、何気なくイヤミを言われたり、尊厳を無視されるような言葉を平気で投げかけられたのだ。そのことを後に言っても、一切親は自分の言動の非を認めようとしない。「辛かったんだね、ごめんね」の一言でもあれば私も救われるのだが、それが全くない。親は自分の教育、育て方の非を全く認めないようだと、子供は明らかにおかしくなる。秋葉原や土浦の無差別殺人の犯人が「誰でもいいから殺したかった」という気持ちはよくわかる。私だって何かをきかっけに同じようなことをするかもしれない。そんな心理状態の日本人は増大していると思う。それは、常識、非常識の問題ではない。「衣食足りて礼節を知る」ではないが、「適切な愛情が足りて礼節を知る」であろう。そうそう、西鉄のバスハイジャック犯も同様だろう。全員に共通することは、親に愛された記憶がないのだ。試験の点数さえよければ親は喜ぶ。しかもそれは近所や親戚に「私の子供はこんなに成績がよい」と見せびらかしたいだけだ。子供は敏感だよ。そんな親の虚栄心などお見通しだよ。だから点数至上主義の親は、まず子供は100%ぐれるね。それも考えられないような、とっぴょうしもない犯罪を犯してしまうよ。
 福沢諭吉が西洋の自由を紹介したのだが、それは今の安易な自由とは異なる。自由独立、独立自尊なのだ。しかしそれはあくまでキリスト教の精神に基づいたものだ。今の日本は無宗教のようなものだ。そんな日本に「自由」という言葉が独り歩きすれば、いじめるのも自由、タバコを吸うのも自由、盗むのも自由、殺すのも自由…、と単純な子供は思ってしまう。自由には、自己責任が伴う。自由に行動した結果が犯罪に触れれば、それは当然責任をとることになる。所謂ゼロトレランス精神だ。それが西欧では当たり前なのに、日本はそれがない。いじめが発生しても学校は隠蔽し、対教師暴力は「教師の指導力不足」「体罰禁止」などのせいで、子供が自分の責任をとる必要がなくなっている。それでは単に我侭で厚顔無礼なクソガキが育つだけだ。いじめる者、いじめられる者に共通していることは、自尊感情がないのだ。いじめられても自尊感情があれば、自分を守ろうとして何かし始める。ところが自尊感情がなく、「自分はダメな人間」だと思っている者は、「自分に問題がある」「自分は生きている価値がない」と思ってしまい、最悪、自殺を選んでしまう。いじめる側も自尊感情がないために、自分以外の者をいじめることによって、自分のほうが上だと思いたがるのだ。双方が押し合いをした場合、いじめられる側は押し返すことができない。いじめられ子は自分だけを責めるからだ。

2009/05/04 (Mon) 00:30
第9回いじめを許さない教師の会ー高橋史朗氏の講演ー曲解された権利ー権理との違い

私が今でも鮮明に覚えていることがある。平成6年に、世界中から飢餓をなくそうとしている子供たちのNGOが世界中にあり、その支部が日本にあった。ちょうど、自己啓発をしている仲間から紹介され、子供たちの手伝いをしていた。が、その内容は大人には真似の出来ない、素早く、実践的で世界的な活動だった。世界中の先進国で「児童の権利条約」が国会で批准されていない国は日本だけだったことを教えてもらった。元々ペルーのストリートチルドレンのために作られた、子供が生きていく上で最低限の権利を国が保証しようとするものだ。三度の食事、勉強する環境作り、親から虐待を受けない環境作り、子供が意見を言える環境作りなど、至極当たり前のような内容だが、発展途上国ではそれが当たり前ではなかったということだ。2~3秒ごとに幼児が死んでいる現実を考えれば、深刻な問題だ。で、先進国はどうかと言えば、子供に意見を言えるようにし、親から虐待されないようにすることくらいしか当てはまらないことにやや疑問を感じた。先進国ではあまり必要ないような気もしたが、NGOの子供たちの熱意に引かれ、わざわざ議員会館まで引率し、当時の柿沢政務次官に直談判し、何と国会に通ってしまった。日本政府は、子供や女性が何かしようとすると支援する。海外でOKなものはすぐに取り入れる。実に単純な発想だ。しかし私は当時から危惧していた。平成6年と言えば、校門圧死事件、大河内君の自殺事件など、管理教育が否定され、教師の指導を無視する生徒が増えてきた。そんな時期に「権利条約」など火に油だろう。そもそも子供に権利など必要なのだろうか。子供には、していいことと悪いことを教えることこそが必要ではないのだろうか。不安は的中した。各学校に「子供の権利条約」の冊子が全教師に配布され、上からのことは全面的に従う管理職は、「人権教育」を教師に通達した。全く「アホか!」と言いたいね。昨今の対教師暴力の根源が、この条約にあるのは言うまでもない。おまけに「体罰禁止」の徹底化との相乗効果で、子供が神様のようになってしまった。
 高橋先生の話に戻そう。元々欧米の「権利」は「権理」と訳されていたそうだ。客観的理性を含むもので、それは自分で自分を律することの出来る自由の元にあるものだ。ところが日本は明治の中期以降、「利益」の主張を連想させるようになってしまい、公共に対する奉仕や義務を伴わない一方的な権利の主張になってしまったのだ。要するに、単なる我侭を認めてしまうだけの言葉に成り下がってしまったのだ。その結果、校則を破ることまでが権利として認められてしまうという拡大解釈になり、家庭ではプライバシーの重視のために子供部屋に入れない親が多くなり、家庭の躾を喪失させている。そもそも不登校、引きこもりなどは、このような権利の拡大解釈だろう。「学校に行かない権利」「学校を休む権利」など、どう考えてもおかしい。先日の週刊新潮にも同様の記事が載っていた。全く同感だ。遊ぶ権利、サボる権利など、単なるわがままに過ぎない。問題なのは、生徒がそんなたわけたことを言ったら一喝してやればいいんだ。

2009/05/04 (Mon) 00:27
第9回いじめを許さない教師の会ー高橋史朗氏の講演に感激

 明海大学教授、高橋史朗氏は教育界をよくわかっていらっしゃる。現場教師が感じている矛盾、怒り、イライラなどを見事に言い合てており、モンスターペアレント対策、生徒対策、日教組対策など、実に聞いていて痛快であった。あまりにも私が日頃より気にしていたことを、まるで模範解答を聞いているようだった。何から書き込もうか、思わず迷ってしまうほどだ。話題満載、下手な教育評論家よりよほど説得力がある。感激したのが、教師を育てる「師範塾」を立ち上げていることだ。そこで育った教師が、困難高校を立ち直らせた実話は驚きの連続だった。今のご時勢、行政や親が求めている教師像は、知識のある教師でなく、総合的な力のある教師なのだ。本来は政府がやらなければならないのに、彼は自分でやろうとしている。また、子供を産んだ親の教育が必要だと思っていた私だが、彼はすでに「親学」なるものを実践に移そうとしている。全く素晴らしい。
 そんな中で、悲しいいじめによる自殺の話も出た。クラスメートや部活動の仲間から無視され、悪口をメールや直接言われ続けたという、最近では典型的ないじめだ。また、担任や部活顧問が気づいていながら何も出来なかったこと、親が父親しかいなくて忙しくて相談にのれなかったことなど、昨今のいじめのエッセンスをすべて含んでいる。それにしても何か対策はないのだろうか。きっとこのHPを見つけてくれたら何とか相談にものったのだろうが。泣かせるのが父親のコメントだ。「裁判にはしない。今後、このようなことが起きないように、学校側といじめた生徒たちがしてくれればよい」。しかしちょっと待てよ。この決まり文句はよく聞く言葉だ。「今後このようなことが二度と起きないように…」というのは、今回の事件を早く忘れろ、または今回の事件がもうどうでもいい、とも受け取られてしまう。ましてや他人の痛みが全くわからない子供や大人が増えている。そのためにも今回の件は公にして裁判にして世論に訴えなければいけないと思うが…。先日の最高裁まで行った小学生の体罰問題も、最高裁まで行ったから国民の関心事になったわけだ。騒がなければ問題にもされない。今回の件は絶対に問題にすべきだ。どうも日本人は悲しい思いをすると自分だけの胸に収めようとしてしまう。それが美徳だと思っているようだが絶対に違う。確かに大声で叫ぶことは、相手を非難することになる。相手の非を大声で公衆にさらすことになる。それには勇気がいるが、自分を守るためには仕方がない。人に優しくすることと、人の不正を見逃すこととは全く違う。いじめられ子は勇気を持つべきだ。

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