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2009/06/28 (Sun) 17:54
サリン事件が起きた理由ー偏差値世代の歪んだ心の隙間

 先日、松本サリン事件で容疑をかけられた河野義行さんの特集をテレビで放送していた。警察の取調べ、世間の風評被害もさることながら、最後まで意識不明の奥さんへの献身的な看護が心を打った。以前、河野さんの講演会に出席したことがある。講演が終わると、主婦が河野さんの周りに集まり、記念写真を撮っていた。奥さんへの献身的な姿勢が良かったのだろう。その奥さん事件後15年で亡くなった。あの事件で、河野さんの平和な家庭は一気に崩壊してしまった。そんな環境で、河野さんは終始冷静にマスコミや警察に対応していた。心中はさぞかし穏やかでなかったと思われるが、山口光市の本村さん同様、何故あれほど冷静な対応が出来るのか理解できない。きっと神様も人を選んでいるのかもしれない。河野さんの場合は、オウムに標的にされた公務員宿舎の近くにたまたま住んでいて、たまたま薬品を扱っている仕事をしていた。このようなことは全くの偶然、不運だけでは片付けられるものではない。当時は日本国民の誰もが河野さんの薬の調合ミスだと疑わなかっただろう。
 しかし真犯人はオウム真理教だった。地下鉄サリン事件でようやく犯人が河野さんでないことがわかったが、問題はその間の警察の対応だ。平成元年にオウムがらみの裁判で中心的存在だった弁護士一家が失踪する事件が起きた。犯人はミエミエのオウムだろうが、警察は証拠がなければ動けない。ましてや宗教団体は憲法でも厚く保護されている。税金も不要。そんな盲点をついたのだろう。拉致、破壊、殺人などやりたい放題。ほとんど北朝鮮と変わらない。前面に美女を配置するのも全く同じ手法だ。松本サリン事件半年後、平成7年元旦の読売新聞で、上九一色村のサティアン近くで、サリン製造の残留物を発見したという記事が載っていたが、それとて警察は見逃した。いや、手が出せなかったのだろう。その後はオウムはVXガス、国松長官狙撃など、やりたい放題だ。知り合いの自己啓発のトレーナーはオウムに勧誘され、断ったら身の危険を感じたとか。
 ではオウムとは一体何なのだろうか。一言で言えば、自分が認められてこなかった人間の負の心の闇が結集したような集団なのだろう。東大、京大、早慶など、超一流の大学を卒業した人間が、何故麻原のようなペテンシに引っかかったのか、世間はクビをかしげていたが、麻原は見事に人間の心の隙間を利用したのだろう。いくら一流大学を出たところで、人間は自己承認、達成感、充実感がなければ生きている実感がないものだ。だから麻原は○○省を設けたり、ホーリーネームをつけたりしたのだろう。偏差値世代は、ウルトラマン、ミラーマンなどのような空想ものに憧れる。それが現実に出来るのだから、自尊心がくすぐられたのだろう。昔、忍者部隊月光で、相手を映すと相手が消える鏡があったのだが、私は欲しくてしかたがなかった。それがVXガスでありサリンなのだろう。偏差値世代は相手を殺したい気持ちが強い。ただし人目につかないようにだ。ある意味、陰湿だ。
 サリンの被害者は何も河野さんだけではない。死者7人、重軽傷者数千人。サリンを浴びると、脳が萎縮し、視力が衰え、疲労感がとれない。それを職場で理解してもらえない人が多い。オウムは相手をある程度絞ってたが、秋葉原でトラックで突っ込んだ加藤容疑者は「だれでも良かったから殺したかった」と言っている。派遣で切られたり、生きる目標がない人間は、相手を選ばず…。今後、このような人間が増えるのは間違いない。
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2009/06/28 (Sun) 16:56
相変わらずの人身事故ー自殺報道は所詮他人事

 気のせいだろうか。電車に飛び込みの人身事故が増えている気がする。以前は都心なら京浜東北線の北区、大田区に集中していたが、最近は所場所構わずだ。地下鉄と私鉄が相互乗り入れをしてるいためもあるだろうが、ダイヤの乱れが多い。地下鉄副都心線、有楽町線は、西武池袋線、東武東上線と乗り入れだ。埼玉の奥からの通勤者が多い。京浜東北線は埼玉県、神奈川県を通る。やはり貧困層が多い地域は自ずと飛び込みも増えるのだろうか。
 昨日の自殺者の発表で、日本は相変わらず年間3万人以上を維持している。平成10年の山一證券が倒産して以降、急激に増えたそうだ。当時は50代が多かったそうだが、最近は30代が目立つ。そりゃそうだろう。90年代の超氷河期に就職した者、正社員は厳しいから気楽なフリーター、派遣の道を選んだ者が、最近の金融恐慌で、そのつけがまわってきたのだ。テレビでは、東尋坊や富士の樹海でさ迷っている自殺志願者を映している。覚悟して片道切符で来ていいるのだが、いまひとつ踏ん切りがつかず、ウロウロしているろころを確保されてしまうらしい。人間はどんな過酷な環境であれ、どこかで行き続けたい願望があるのだ。だからためらう。しかし駅のホームなどではつい魔がさしてしまうのだろう。電車を止めた場合の遺族の保証金など考えもしないのだろう。とにかくこの世からおさらばしたいのだろう。
 自殺に関して評論家はいつも同じことの繰り返しだ。「死ななくても頑張ればなんとかなる」「残された遺族が悲しむ」…。しかし自殺願望者にとっては詭弁だ。リストラされた40代50代の男にとって、頑張れば何とかなるわけないだろう。日本は年齢制限でほとんどひっかっかる。残された道はドライバーくらいだろうが、規制緩和で各社ともドライバーは控えている。ではどうやって食っていけと言うのだろうか。資本主義社会は、不要になったら簡単に切り捨ててしまう。後のことなんか考えもしない。あくまで会社の利益が第一優先だ。当たり前のようだが、何かおかしくないですか?こうなると共産主義、社会主義が良いような気にもなってくる。しかし彼らは彼らで矛盾だらけだ。どのみち理想なんてない。敢えて言えば北欧だろうか。30代の自殺者が多いのも困ったものだ。派遣切り等で今や派遣村が出来る位だ。路頭に迷う若者が急増中だ。そもそも日本国憲法は最低限の生活を保障することを明記していたのではなかったか。所詮憲法など建前ということか。リストラされた人たちへの保障こそが、今最も求められることだろうか。

2009/06/28 (Sun) 12:19
第10回 いじめを許さない教師の会 - 学校はいじめを「解決」でなく「終結」させたいだけ

 今回の会は、法政大学講師の田中順子先生の講演会を中心に行われました。数名のグループに分かれ、問題を解決するためのシートに問題点や解決法を書き込み、後に発表と言う形をとりました。ん?この方法、どこかでやったことがあるぞ。と思ったら、田中先生、次回の衆議院選挙に出馬されるようです。しかも幸福の科学の団体から。道理で話が上手く、魅力的な方だと思いました。最近、私は頓に思うのですが、さすが、すごい、と思う人は、ほとんどの方が宗教活動をしているのです。生徒も同様で、生徒会長に立候補し女生徒、英検2級に熱心に勉強していた男子生徒、いずれも創価学会でした。教師の中でも、誠実そうな方が学会員で、話が上手い方がカトリックでした。やはり宗教は強しですね。
 今回の田中先生の講演で力説されていたことが、担任に相談したら逆にいじめがひどくなってしまった事例です。一歩、初期に対応を間違えたがために、不登校になってしまった例が何件もあるそうです。今回の参加者の父兄の方の中にも、お子さんが不登校になってしまった方がいました。一昔前と異なって、最近は首根っこを捕まえて学校に行かせるような環境ではないようです。1人の生徒その他全員がいじめるのは、珍しいことではなくなっています。更に深刻なのが、担任が味方してくれるどころか、登校拒否になった生徒を煙たがる傾向にあるのです。その原因として、クラス運営を考えた場合、いじめる側の生徒のほうが担任にとっては使いやすいということなのでしょう。最近の教師はクラス運営を評価されます。だからどうしても生徒との確執を避けるのです。さらには、いじめが生じた際の防御策が教師によってバラバラなのです。何故、学校全体で、学年全体で取り組めないのか、父兄の方は疑問のようですが、それは学校の盲点なのです。学年全体と言っても、必ずしも協力体制がとれないのです。中には、担任同士で、いがみ合ったり、喧嘩になったり。よく起きるのが、クラス運営が上手い教師が、そうでない教師を馬鹿にしたり、子ども扱いするのです。まだ慣れていない若手の教師に対して、必ずしも適切な指導、協力が出来ないのが現状です。なにせ、教師は人気商売だと勘違いしている教師が多いですからね。自分だけが人気があると思い込みたいのでしょう。そのような心の狭い方が多いようです。それが学校全体となればなおさらです。特に、対管理職に対しては、日教組という疫病神が、長年やる気のある教師のやる気をそぎ落としてきましたからね。管理職の言うことには条件反射的にバカの一つ覚えで反対するのです。多くの教師が洗脳されてきました。これではいじめなんて二の次ですよね。
 更に深刻なのが、いじめの対応の稚拙さです。いじめられている生徒は、まず「いじめられています」とは言いませんね。職員室の前をうろうろしている生徒はシグナルを送っているのです。その生徒が「おれしんどいよ」と言っても、「何かあったら何でも言いなさい」などと言ってしまったりするものだから、生徒はもう何も相談できなくなります。しんどい、と言った時点でいじめられているということですよ。その生徒は、教師が仲間だと思われている集団の中でパシリにされ、現金もかつあげされ、親の財布から金を盗み、更に別のグループからも恐喝されるようになり、結局自殺ですよ。学校側の会見は「まさか自殺するとは」だったそうです。教師は生徒が言葉に出して具体的に言わない限り動かないですね。警察と同じです。しかもいじめを認めると校長の経歴に傷がつきますね。ますます隠蔽します。しかしこれはシステムに問題ありです。いじめを放置することを罰則にしてしまえばいいのです。だから1日でも早い「いじめ防止条例」の制定が必要なのです。

2009/06/24 (Wed) 21:19
やはり私立高校には勝てない!ミッションスクール潜入ルポ

 知り合いの校長が名門私立中高一貫女子高校の校長に天下り。一度見に来ないかと言うことで見学に行ったが、さすがと言うか、完璧な教育だ。ミッション系スクールなので、週に1回、ミサがある。音楽の授業ではお互い向き合ってミッション系の曲を歌う。これだけでもかなり良い意味での洗脳だ。驚いたのは英語の授業。中1~高2まで教師は英語しか話してはいけない。もりろん多少の日本語は話すのだが、外人講師とのTTが実に素晴らしい。文法を教えなくても生徒は自然に英語を身につけていく。文科省が公立小学校での英語教育を進めているが、それはあくまで授業が成り立ってのことだ。落ちついた教育環境でこそ初めて理想の授業は可能なのだ。中高一貫だからこそ、私立だからこそ、女子高だからこそ、ミッション系だからこそ、理想の教育が成り立つのだろう。
 校長の教育理念も素晴らしい。ゆとり教育の一環の「生きる力」は、抽象的で何をしていいのかわからない面があった。多くの学校では、「生きる力」を、自分のことだけ考える「人を蹴落としてまで自分だけが生きる力」と勘違いした者が多い。この校長は「生きる力」を「共に生きる力」と言った。だからコミュニケーション能力も必要だ。しかも自己は、「他人を尊敬して初めて成り立つ自己だ」とも言いました。このような具体的な説明だとよくわかる。しかしそれは私立だからこそ出来ることだろう。公立では無理だろう。

2009/06/23 (Tue) 18:54
意外に多いホモ教師

元教え子に裸画像送らせる 横浜の小学教師を逮捕
 女子中学生を装って男子中学生にメールを送り、自分の携帯電話に裸体の画像を送らせたなどとして、神奈川県警少年捜査課は22日、児童買春・ポルノ禁止法違反と強要未遂容疑で、横浜市立荏田東第1小学校の教諭数野昭生容疑者(27)=横浜市都筑区川和町=を逮捕した。
 逮捕容疑は昨年6月、架空の女子中学生に成り済まし、横浜市内の中学に通う元教え子ら男子生徒2人に「メル友になりませんか。わたしの裸の写真も送るのであなたの写真も送ってください」とメールを送信。1人に裸の画像4枚を送らせたほか、2人に「画像を送らないと広めてやる」との脅迫メールを送り付けた疑い。
 同課によると、数野容疑者は「小学高学年から中学生までの男子が好きだった。ほかにも4人の小中学生に裸の写真を送らせた」と供述。同課が裏付けを進めている。

 最近このような教師の事件をよく耳にする。女性でなく男性に興味がある、所謂「ホモ」教師だ。ホモは何故生まれるかと言えば、母親が出産直前に精神状態が落ち着かないと確立が高くなるとか。古くは織田信長、淀川永治、某大学教授など、決して少なくない。まあ、それは個人の性癖としてだ。問題は、自分の性癖を人に強要することだ。しかも女性に成りすましならまだ可愛いが、恐喝して生徒を脅すなど言語道断だ。これはホモ教師でなく、異性が好きな普通の教師でも同じことだ。更に言えば、昨今のメールやネットは発信元が簡単に特定されてしまうことを知らないのだろうか。顔が見えないからと言って、何でも言えるものではない。警察に行けば簡単に発信元がわかるのだ。それこそ「無知の涙」だ。逮捕される教師に限って、現場での評判はすこぶる良いのだ。しかしいくら一生懸命やっても報われないことが多い。いくら生徒が大人になってわかってくれると言っても、その場でわからせないと意味がないしストレスも溜まる。更に、対生徒だけでなく、無理難題押し付けるモンスターペアレント、保身だらけの管理職、同僚の足を引っ張るお局教師など、学校は負の人間関係の連鎖がひどい。そんな職場からマイホームに戻ると、ふと何かスカッとしたことをしてみようと思うのが人情だ。女性教師ならホストクラブに行ったり、タイに男を買いに行ったりする奴もいる。男性教師も同様だ。それが普通の人間だと思うよ。学校内で教師ぶってはいてもそれはあくまで職業上での顔だ。

2009/06/22 (Mon) 19:55
須賀川第一中学校の柔道部リンチ事件の悪質さ

 当時中学2年生だった柔道部男子部長が中学1年生だった女子生徒に対して暴行を行ったとされ、その後この女子生徒は部活の練習中に急性硬膜下血腫で倒れた。一命は取り留めたが、現在にいたるまで意識不明の状態が続いている。一方、須賀川市立第一中学校側は「A子さんは柔道を始める前から頭に病気を持っていたらしく、それが練習中に発症したようだ。けがをするような練習はしていなかった」と、事件直後一部保護者に対し、説明を行った。その発言に対し、「学校側が指摘したような持病の事実は無い」と女子生徒の保護者が反論している。また、学校側が教育委員会に提出した「事故報告書」において被害者の母親の証言が記載されていたが、被害者母親はこの証言自体を否定しており、学校側が聞き取り調査を行った対象として「被害者母親の証言を聞いた人物」を加害者生徒の親としており、捏造疑惑があげられている。
 
 全くこのようなことが現実に起きていることに衝撃を受けたのは私だけではないだろう。裁判での加害者の少年のふてぶてしさ、教頭が証人の生徒を恫喝し隠蔽工作をしたこと、校長がマスコミに対し「うそばかり報道するマスコミの取材には応じられない」ときたもんだ。ここまで来るともう世紀末だ。加害者の少年は、綾瀬のコンクリート詰め殺人事件を思い出した。人を半殺しにしておいても何にも反省の色なしだ。問題は加害者少年の親だ。このような場合、親はかばうことが愛情とでも思っているのだろうか。女生徒が態度が悪かったことがリンチへの理由だろうが、それではどこかの相撲部屋と同じではないか。戸塚ヨットと同じではないか。殺してしまっては何にもならない。確かに態度の悪い子供は多い。かつての近大付属で女子生徒を突き飛ばして殺してしまった教師がいたが、元はと言えばその女子高生が補習中に勝手に教室に入ってきて邪魔をしたのだろう。注意した教師に対しても毒舌をはいたのだろう。想像がつく。今回の投げ飛ばした男子生徒も、おそらく被害者に無視されたか何かでカチンときたのだろう。このような事件が起きると結果ばかりがクローズアップされるが、何が問題かを少しは考えたほうがいいだろう。しかし今回の件はそのようなことを考慮しても尚余りある不祥事だろう。
 ちなみに何故管理職や教育委員会が隠蔽するかは簡単なことだ。隠蔽しなかったらどうなるだろうか。責任追及され、下手をしたら免職や降格もありえる。自分の人生と家庭が一気に崩壊してしまう。すべてがパーになってしまうのだ。だから必死に隠すのは当然と言えば当然だろう。ほとぼりが冷め、早く異動すればいいと思っているのだ。ちなみに校長の年収は1千万、退職金は5千万が相場だ。だから必死に守るのだろう。被害者家族が「学校や教育委員会は自分の仕事に誇りを持っているのか」と言っていたが、そんなことより自分の生活のほうが大事なのだろう。家のローン、息子の授業料…。人の人生なんか構っていられないのだろう。そんな奴ばかりだよ、管理職って奴は。今回の裁判は勝訴して本当に良かった。加害者は払う気など毛頭ないようだ。人間、自分の生活を犠牲にしてまで正義は貫かない者が多い。所詮、悲しいかな、それが人間だ。

2009/06/21 (Sun) 16:22
外見で不合格者に和解金は絶対おかしいぞ!

 全く呆れてものが言えない。最近の教育委員会は、マスコミに取り上げられるとすぎに体裁を整えようとする。そして現場の校長や教師を処分する。これでは真の境域など出来ないだろう。そもそも入試に金髪やピアスで来るとは何事だ?中学校で指導されてきているはずだが。どうせ先生の言うことなど聞いていなかったのだろう。神奈川県の旧神田高校は名称を平塚湘南高校に変えた。これも体裁なのだろうか。都立の日本橋高校でも退学した生徒が再受験するのを阻止しようとした学校側が世間の非難を浴びてしまった。いずれも生徒が受験する権利を剥奪したことに対する非難だが、はっきり言って現場のことを何もわかっていないオバカサンたちの発想だ。
 マスコミ関係者に多いのが「外見が問題でなく中身が肝心だ。だから外見はどうでも良い」という発想だ。そこには大きな間違いがある。では何故校則があり、夏服冬服の規定があるのだろうか。それが校則であり、守らなければいけないことだろう。頭髪服装が乱れると、次は遅刻、早退、万引き、喫煙、暴力、退学になっていくのが通常だ。一部の進学高校ならともかく、困難高校では概ねこのような悪循環が繰り返される。そもそも頭髪服装がどうでもいいという方に聞きたいが、会社できちんと背広にネクタイをしなくてもいいのでしょうか?生活指導がしっかりしている私立高校は、本当にしっかりしていますよ。遅刻なんか毎日1桁ですしね。髪も染めていないし、服装もきちんとしている。見ていると、同じ高校生なの何故こんなに違うのかと思ってしまう。外見をしっかり出来ないということは、中身も腐っていくものだ。心の中に「どうでもいいや」という、実に怠惰でふざけた発想が定着してしまうと、勉強や部活にも響く。大人だってそうだろう。会社へ入れば社訓がある。守らなければクビだ。高校生の多感な時期に、躾も公共性も育っていない子供は、必ず社会でしっぺ返しをくらう。ならば高校で躾ければいいかって?出来ればとっくにやっているよ。出来ないから、なるべく良い生徒だけを入学させたいではないか。入試の際に茶髪にピアス?根性が腐っているとしか言いようがないね。それこそKYだ。受験する資格なんかないね。恥を知れ!
 それはともかく、教育委員会が和解金なんて絶対におかしいよ。これでは菅家さんの冤罪と同じ発想だよ。その生徒たちが何も非がなかったと思われるではないか。学校の判断は間違っていないと思うよ。校長に任せればいいと思うがね。そもそも今回の事件をチクッタのは誰だ?同じ校内の人権擁護派教師か?いるんだよね、こんなバカがどの学校にも。どうせ日教組思想に染まったオバカサンだろうがね。

2009/06/21 (Sun) 15:58
臓器法改正は当然ーこれで何人もの子供が外国へ行かずに済む

 何故今まで15歳以上でないと臓器移植が出来なかったのだろうか?理解に苦しむ。別に脳死が死亡扱いであろうがなかろうが、そんなことはどうでもいいではないか。問題なのは、国内で臓器手術が出来ない子供はわざわざ外国に行って、高額な費用を払わなければいけなかったことだ。中には輸送著中で亡くなった子供もいると聞く。江口洋介主演の映画を見たことがあるが、東南アジアの子供たちが日本の子供の臓器手術のために殺されて臓器を取り出されるという、実に痛々しいものだった。臓器提供者がいて手術で直れば、そりゃ親なら当然多少の金を払っても何とかしたくなるものだ。いや、それ以前に日本の法律で15歳以下は臓器提供禁止という発想がよくわからない。どうせ非人道的とか脳死扱いに抵抗を感じる一部の人権擁護派の発想だろうが、人の命が助かるかどうかの問題だろう。そんなくだらないイデオロギーの問題ではないと思うがね。今回の改正案で、生まれてから脳死の子供は「死亡」扱いなのだが、別に殺すわけではないだろう。生命維持装置をはずすわけではないだろう。臓器提供だって親の同意があるならOKだ。ならば気持ちだけの問題だ。寝たきりで意識のない子どもを見ているのもいいと思うが、人のために臓器を提供しても問題ないと思うがね。
 日本の法律は時々このようなおかしな非現実的なものが数多い。時効もそうだ。全く意味がない。少年法もそうだ。少年が悪さをしたら何故軽くなるのか理解に苦しむ。そうでなくても最近の悪さをするクゾガキは大人の発想の遥か上をいくことさえある。少年法などなくして大人と同じ罰則を与えればいいんだ。犯罪者の精神鑑定もおかしい。精神に異常があれば無罪か刑が軽くなる?逆ではないのだろうか。精神上問題がある人間を娑婆で自由にさせていては、また同じことを繰り返すだろうが。逆噴射の片桐機長、人肉事件の佐川君は、今現在、どこかを歩いているのだろう。全くおかしい。

2009/06/20 (Sat) 14:51
菅家さんの過激な冤罪報道に何か違和感ー警察がまた奥手になってしまう

 菅家さんが冤罪で釈放されてから20日近く経つ。マスコミは連日悲劇のヒーローのように扱い、彼は一躍時の人となってしまった。しかし何か違和感を感じるのは私だけだろうか。かつての財田川、免田事件も同様だった。悲劇のヒーローをチヤホヤしすぎ、マスコミの露出が多いと、彼らは勘違いしてしまうことだってありえる。人間なんてそんなものだ。
 別の観点から。最近のマスコミ報道は少し警察や学校をめの敵にしすぎだ。確かに冤罪は良くないが、あまり警察を叩きすぎると、肝心な本来の犯罪を取り締まることからも奥手になってしまう。学校が体罰を恐れるあまり、厳しい教育が出来なくなってしまい、生徒や親の言いなりになってしまったのと同様だ。特に日本人は極端なことをする。これは戦前教育から戦後教育へ180度変わった影響かも知れない。少しの失敗ですべてを逆にしてしまう。冤罪は確かにひどいが、操作方法は今まで通りでいいと思う。しかし犯人を取り逃がしたり、市民に恐さを植えつけさせらなくなっては何にもならない。昔は警察を見れば「サツだ!」と言ってみんな蜘蛛の子を散らすように逃げ回ったものだが、最近は警察や教師はなめられている。どれっもこれもマスコミによる警察や学校の権威失墜が原因だ。
 かつて、ガム島から旧日本兵の横井庄一さんが救出された。彼は連日マスコミ報道で疲れきっていたが、やがて選挙に出馬した。何を勘違いしたのだろうか。あまり周囲がチヤホヤすると、人間は錯覚してしまうのだろう。三浦和義氏もそうだった。拉致被害者家族の1人も選挙に立候補し、石を投げつけられたとか。

2009/06/19 (Fri) 20:42
100舛計算ピンチー詰め込みはやり方に工夫しないと…

 脱ゆとり教育の急先鋒として注目されてきた100舛計算が、最近思わぬ後遺症があることが判明してきた。考えることを全くせずに機械的に計算する子が増えているとか。小学校教師の蔭山英男先生が発案し、その小学校で毎日使用し続け、やがて全国区になり、彼は校長になり、今では立命館にご栄転。国の教育関係の集会にもよく顔を出し、娘は一浪して東大に合格。まさに教師としてのサクセスストーリーだ。
 そもそも100舛計算とは、用紙の最も左の縦の一列に数字をランダムに、同じく最も上の段に数字をランダムに一列。それを早く計算して書き込むのだ。確かに計算力、集中力は飛躍的にアップし、その小学校の卒業生は、大学進学率はかなりの実績があったようだ。問題は子供のその計算の仕方が少しずつ変わってきたことだ。子供が最初に0の段、次に1の段から計算するようになるのだ。いや、計算と言っても、0の段は頭を使わず、ただ上の段の数字を写すだけだ。これでは考える力などつくはずもない。しかも100舛計算で育った子共の多くは、文章問題が極端に苦手だ。白紙答案が多いそうだ。そりゃそうだろう。簡単に答えを出すことに慣れてしまったからだ。もっともこの現象は、今に始まったことではない。パソコンはクリック1つでOK。テレビのスイッチも、携帯電話もボタン1つだ。腹が空けばコンビニにマック。これでは考える力などつくはずもない。
 この点においては、ゆとり教育における「考える力」の養成も頷ける。しかしゆとり教育は考える力がどうのこうのと言うよりも、勉強そのものをしない習慣をつけてしまった。その反省から今度は詰め込みを始めたのだろうが、これでは昔に戻ってしまうだけだ。両者の中間を目指せばいいと思うのだがて…。日本人は何をするにも極端で、ちょうど良いというものがない。100か0か、とにかく何か問題が起きると全く逆をしてしまうのだ。勉強は詰め込みもいるよ。しかしその際にあくまで原理原則を教えなければだめだろう。台形の面積を教えなくてもよいことになっていたが、台形はそもそも長方形と三角形を足したものだ。だから「上底+下底×高さ÷2」になるのだ。その原理を教えればどうってことはない。それから詰め込み、応用をすればいいのに。ちなみにインドの計算方法は、2ケタの掛け算を暗記するとか。日本は何か中途半端だ。

2009/06/19 (Fri) 20:11
子供の進路がわからない親が多すぎるー進路が決められないわけだ

 子供が高校生でそろそろ進路を決めなければいけない時期に来ているのに、多くの親が自分の子供が進路を決めあぐねているとよく聞く。自分の子供が何に向いているかわからないし、自分の子供が相談もしない。これって放任???子供が自分でやりたいことを見つけ出せると思っているのだろうか。そんな子供は100人中1人か2人だね。多くは親の影響が強い。だから親は自分の姿や仕事のことをもっと子供に話さなければいけない。多くの親は「親が何を言っても言うことを聞かない」と言って諦めてしまう。そこで親子の会話の断裂だ。最近、特にこのタイプの親が多い。これが発展すると、子供がタバコを吸おうが外泊しようが、もう操縦不能になってしまう。このタイプの親に限って、子供は学校で悪さをする。親を呼び出しても人事のようだ。まるで自分に責任がないという感じだ。
 話を進路に戻そう。政治家は二世が多いのは何故だろうか。それは親を見ているからだ。簡単なことだ。貴ノ花の子供は貴乃花。家がそのまま相撲部屋。イチローの親は毎日バッティッグセンターに連れて行った。多くの有名人はほとんどこのタイプだ。大学教授、会社の重役も、親の影響が強い。問題なのは、父親の仕事を誇りに思えない子供だ。私の親も、普通のサラリーマンで、まるで子供に影響しないタイプだ。それでも「勉強しろ」「仕事は自分で探せ」「大学は行け」~。これでは子供は何のために勉強していいかわからず、何になっていいのかもわからない。そのような親だと、子供は理系か文系かもわからず、最後まで進路に苦しむ。困難高校に来る生徒の親の多くがこのタイプだ。私なんか勉強するように言われたが、最近の親はそれさえも言わない。それも「ゆとり教育」の悪影響だろう。子供は無理して勉強させないような風潮になってしまったので、親も子供に無理やり勉強させないようになってしまった。それどころか、学校に行きたくないと言えば学校を休ませてしまう。勉強もさせない、学校も行かなくても良い。これで親と言えるのだろうか。
 子供は、親の背中を見て育つ。ガミガミ言った内容より、さりげないしぐさや行動のほうを真似してしまうものだ。品のない親、口だけの親は最悪だ。そんな親でも、進路指導はしっかり子供に説明させなければならない。

2009/06/13 (Sat) 17:26
真面目で部活動に熱心だった男子高校生が、女がらみで殺人!- やはり少子化が問題!

 大阪の富田林市で私立高校1年大久保光貴さん(15)が殺害された事件で、殺人などの容疑で逮捕された少年が通う府立高校の校長が13日、同校で記者会見した。校長は、少年の人柄について「性格はおとなしめで、部活動に熱心だった」と語った。 校長は少年について「大学進学を希望し、勉強もきちんとやっていた」とし、学校側は問題のある生徒と認識していなかったと説明。大久保さんについて「言葉が出ない。ご冥福をお祈りする」と謝罪した。
 校長によると、大久保さんが遺体で見つかった12日に担任教師が少年と会った際には、普段よりも口数が多いと感じられたという。校長は15日、事件について全校生徒に対して説明する予定という。
 2年の時に少年と同じクラスだったという男子生徒(18)は「バレー部でもレギュラーだったと思う」と話し、事件に驚きを隠せない様子。12日の午前中、少年を校内で見掛けたが、普段と変わらない様子だったという。

  犯人は、とんでもない不良か、はたまた普段は目立たない真面目な生徒か、両方予想したが、後者であったとは意外だった。しかし最近はこのような犯人が多い。校長のコメントも似ている。真面目な人間ほど、思い込みが激しく、自分だけの正義に突っ走ってしまうのだろうか。この生徒は、殺された生徒の彼女から悩み相談を受けているうちに、少年に殺意を抱いたのだろう。しかもバットを用意するとは計画的だ。目をつぶらせるために「心理テストをする」と言って騙したり、駅から自転車の2人乗りで河川敷まで行ったとか。被害者はまさか殺されるなんて夢にも思っていなかっただろう。
 問題なのは真面目な生徒が何故?ということだろう。少女に相談されて頭に来るまではわかる。彼女のため相手を懲らしめようという思いは、粋がった若者にはよくありがちなパターンだ。一昔前なら、呼び出して、言葉で相手を脅すくらいだろう。万一手が出たとしても、素手でタイマンをはり殺すまではいかないだろう。相手にわからせることが大切なのだ。しかし今回は「相手の存在を消そうとした」と供述しており、これも最近の若者にありがちなパタ-ンだ。いや、私だってそのような感情は起きる。が、そう感じるのと、実際に行動に移すのは全く別物だ。どうも最近の若者は、論理的思考力に欠ける。人を殺して川に放置すればどうなるか、少し考えればわかりそうなものだ。それがわからないということは、例え大学受験に合格して社会に出たとしても、使いものにならない可能性大だ。
 思うに、今後は義務教育で、犯罪行為、刑法などを教えたほうがいいと思うよ。一度逮捕され、少年院や刑務所に入ることがどれほどのことなのか、わかっていない若者が急増中だ。これも、自分の気持ちを最優先にする「ゆちり教育」の負の遺産と言わざるを得ない。自分の好きなことなんか、人生の1割にも満たない位だ。
              

2009/06/11 (Thu) 19:57
痴漢で逮捕された男性がテレビ出演ー許せない女性の発言重視の傾向ー逆セクハラ現象

 本日の日本テレビで、痴漢冤罪で逮捕され、21日間も拘留された66歳の男性が勇気を持ってテレビ出演された。国立駅を降りたらいきなり警察に逮捕されたというのだ。電車内で携帯を注意した女性にはめられたようだ。全くこんなばかげたことが後を絶たない。そもそも自分が悪さをしたのに、それを逆恨みして相手をはめるとは…。女性と言うより、一人間としてクズとしか言いようがない。こんなわがまま女が世の中増えている。これでは、女性が悪さをしても注意できない世の中になってくるではないか。警察や検察もそうだ。女性が訴えると、どうしても男性はかばってしまう。しかし女性の中には演技で涙を見せる者もいる。そんな演技を簡単に信用してはいけないだろ。だから今後は女性には厳しくしたほうがいいだろう。そもそも女性は理性より感情で動くとよく言われる。女性蔑視という問題ではなく、そのように神が与えた習性なのだ。そんな習性を知りながら、最近は男女同権、男女機会均等法、男女混合名票など、あまりにも女性を男性と同じ目線にしてはいないだろうか。学校でも、教師と生徒が同じ目線というおかしな風潮が流行った結果、学校は混乱してきた。それと同じだ。女性を過剰に過保護にしてはいけないだろう。そもそもそんな女性のたわごとを、何故警察がいちいち問題にするのだろうか。男女同権と言うのなら、男性の言い分も聞くべきではないのか?これでは女性による逆セクハラ現象が起きているではないか。
 本当に被害に遭った場合はともかく、今回の被害者は携帯を注意しただけだろう。そんなことではめられてしまうなんて絶対におかしい。奥さんもいるし会社もある。奥さんはショックで寝込んでしまったそうだ。自分の父親が同じ目に逢ったらどう思うだろうか。一生棒に振るだけでなく、人生が終わってしまうかもしれないのだ。そんな男性の立場を、このバカ女はどう思っているだろうか。どうせ大した学歴でもないし、教師の言うことなど聞いていなかったバカ女なのだろう。いつか天罰が下るぞ。このドアホが!
  それにしても、最近の若い女性、特に女子高生のマナーは悪い。今日も、駅のホームで弁当を食べていた女子高生がいた。そこそこの高校だ。それでも人の目を全く気にしない。このままでは日本に大和撫子は存在しなくなってしまう。女性は、控えめ、謙虚、三つ指をついて夫を迎える…。そんな時代が懐かしい。韓国でさえ、客を自宅に招く場合、三つ指で迎える。さすが儒教国家だ。今の日本のバカ女には、韓国の儒教本でも口に押し込めてやりたいね。
 そう言えば、ジェンダーフリーを声高に訴える女性教師が、自分のクラスの女子高生が痴漢に逢ったことの記事を新聞に投書していた。その生徒は警察にこう言われたそうだ。「この男性は家庭もあるし大企業に勤めているんだよ。君が訴えたらすべてを失うんだよ」と。暗に不問にふすように言われたことに対して、勇気を持って訴えることが大切だ、という趣旨だ。一見、正義感があるように見えるが、訴えられた男性はすべてを失うのだ。そのことがどれほどのことか、この教師は全くわかっていない。このようなことにいきり立つ女性教師に限って、年配で未婚で器量がよろしくなく(はっきり言ってブス!)、男性を敵と見ているふしがある。男女混合名票や禁煙には、ことのほか力を入れる。そうそう、野球部のマネージャーの存在も気に入らないらしい。あれがジェンダーフリーに反するらしい。ここまで来ると、狂ったイデオロギーに汚染されている、可愛そうな偏屈教師と言わざるを得ない。

2009/06/10 (Wed) 20:49
深刻なゆとり教育の犠牲者になった若者ー週刊現代より

 今週の週刊現代に、ゆとり教育で育った若者の、アンビリーバボーな言動が載っていた。平成13~15年に本格的にスタートし、学力低下が叫ばれてきたが、問題なのは学力だけでなく、常識、礼儀、忍耐力など、すべてにおいて「人間力」が低下してしまっているということだ。ゆとり教育で育った若者が社会人になってどうかという特集がそこかしこで特集されてきたが、今回の特集は呆れを通り越し、日本の行く末を暗示している。彼らが結婚できるだろうか。してもすぐに離婚だろう。子供が出来ても虐待して殺してしまうだろう。子供を車の中に置き去りにして殺してしまうだろう。すぐに切れて人を刺してしまうだろう。様々なことが頭をよぎってしまう。
 「ゆとり進入社員の仰天事件簿」によると、遅刻しても連絡しない、挨拶もろくに出来ない、人と目を合わせて話さない、面接をドタキャン、会社を希望する理由が言えない、黙って帰る、残業しない、すぐにタメ口になる…。数え上げたらきりがない。そもそもゆとり教育の目的が、個性を重んじ自分の好きなことを見つけることに目標にしたため、嫌いなことや「~しなさい」と言われたことには慣れていないのだ。更に「これは自分がやりたい仕事じゃない」と思うと、露骨に嫌な態度をとる。これでは組織でやっていけるわけがない。戦前の軍隊教育、戦後の偏差値教育は、有無を言わせず、親や教師の言いなりだった。その反省から、全く逆のゆとり教育が誕生したわけだが、これは明らかに愚作だ。
 日本はこのような極端なことを時々する。学校を平等にしようとした学校群制度は、私立が台頭し、公立が失墜した。そしてまた元に戻ったが、その後遺症は大きい。学校の機能を成していない学校もいくつかある。同様に、ゆとり教育の失敗から、またしても学力重視に戻ったが、一旦タガが緩んだものは邯鄲には戻らない。格差の上はいいと思うが、下はひどいものだ。まるでインドのカーストと同じで、最下層はいくら頑張っても這い上がれない。
 ゆとり教育で許可してしまった、不登校、障害者、ひきこもりなどは、この先どうするのだろうか。いくらエンカレッジやチャレンジスクールを作ったところで、彼らが卒業後どうなるのだろうか。「学校へ無理していかなくてもいいんだよ」などとよく言えたものだ。学校へ行かなければ、親が子供の首に縄でもつけて引っ張っていけばいいのだ。それを子供の言いなりになるから、後になって代償が大きくなるのだ。やがて彼らは年をとり、自分の境遇に絶望し、社会に復讐するのだ。




2009/06/09 (Tue) 22:32
中大教授殺しの犯人の言い分は、よーくわかります!

 中大教授殺しの犯人の言い分が明らかにされた。飲み会で教授に声をかけてもらえなかった、自分だけ機械関係の会社に就職できなかった、その後のみじめな人生は教授のせい…。大体こんなところだろうか。最後は月に数万円のアルバイトを掛け持ちでするまでに落ちぶれていた。そんな境遇なら、誰かを恨みたくなるのもわかる。が、問題なのは、彼のような無口で不器用で社交性のない人間は、普通の会社ではやっていけないということなのか。いくら個性重視とは言え、喋るのが苦手で人付き合いが下手な人間は、組織ではやっていけないのだということか。
 飲み会で教授に声をかけられなければ、自分から話しかければいいと思うが、彼のようなタイプはそれも出来ないのだろう。酒の席での無礼講など、私はなんどいしたことだろうか。しかし彼はそれも出来なかった。最近流行の「高機能自閉症」「アスペルガー症候群」の部類に属するだろう。教科の成績は良くても、人とのコミュニケーション能力が著しく欠け、人との距離感がつかめない。一種の障害なのだろう。そんな人間は、常に他人から話しかけられるのを待っているのだろう。常に受身なのだろう。幼児期から、過剰なまでのマザコンで、母親がすべてやってしまうのだ。だから自分から何かをしようとするのでなく、周りが何でもしてくれると思い込んでしまうのだ。だからいつでも指示待なのだ。彼は小学生の頃からバイオリンに塾通い。私もそうだったからよくわかる。私も似たようなところがある。ただ私は自分で克服したが、かなり苦労した。今でもその名残は残っている。三つ子の魂何とかやらで、そう簡単に克服できるものではない。
 問題なのは、彼のようなタイプは大人しいので、教師や教授から見ると人畜無害なのだ。教師にとって印象に残るのは、問題児や成績の良い生徒だ。いるかいないかわからない生徒、無口な生徒はどうしても話しかけずらい。だからと言って殺意を持たれるのはどうか。しかし最近の若者は、自分の気持ちを大事にするように育てられている。これはまさしく「ゆとり教育」の弊害だ。とは言っても、このような若者は増加中だ。ならば今後の対策として、大人しい生徒でもこちらから話しかけろということだろう。

2009/06/09 (Tue) 22:13
北朝鮮、調子に乗るなよ!このド阿呆が!

 もうこの国をかばう必要はないだろう。米国の新聞記者2名に懲役12年?「ミッドナイトエクスプレス」「プリズナー」「メルボルン事件」じゃあるまいし。しかし米国人を2人を拉致か。オバマ大統領が平和主義者のをいいことに、やりたい放題だ。これが日本のいじめっ子と同じ論理だ。叱る教師や親がいないからいじめ放題。北も同じだ。米国は対話路線。中露は何をしてもバックアップ。核実験をしようが、ミサイルをとばそうが、国連協議を無視しようがお構いなしだ。
 今回の件でわかったろう。北は平気で拉致する国だ。こんな国をかばう必要はない。1979年のイラン革命でアメリカ大使館が乗っ取られた時、当時の米大統領のカーターはへりで救出に失敗した。失敗したがそれでも彼のしたことは間違っていないと思うよ。当然でしょう。自国の同士を助けようとしたのだから。だから思うのだが、麻生首相も長くないのだから、小泉首相のように連れ戻しに行けばいいのにね。もっとも、小泉、安倍首相以外はあまり拉致問題には触れたくないようですから。これでは、まだ生きている横田めぐみさんらが可可哀想だ。
 ちなみに、観光で北に行くと、「よど号ハイジャック犯と会えるツアー」がオプシオンでありますよ。日本人なんかその程度にしか見られていないのです。

2009/06/07 (Sun) 23:12
秋葉原事件から1年ー何も解決していない

 秋葉原事件から早いもので1年が経った。「誰でもいいから殺したかった」は加藤被告の弁。「死刑になりたいから殺したかった」は金川被告の弁。金川被告の手記は何度か週刊誌で読んだが、およそ血の通った人間とは思えない。早く死刑にしてくれと訴えている。平成13年の大阪池田小学校事件の犯人の宅間と似ている。加藤被告は少し違うような気がする。死刑を望んでいたのでなく、どうしようもない孤独、派遣の仕事を切られたと思い込んだ上の絶望。親からも離れ、友人もなく、携帯の掲示板の書き込みでも無視され、もはや自暴自棄になったのが原因だろう。このような感覚は一般の人にはわからないだろう。いくら自分が不幸の身と言え、無差別に人を殺していいわけがない、と評論家は当然のことを言う。しかしこのような事件はアメリカではよく起きる。日本でも銃が所持できたらもっと増えるだろう。何故かって?今の自分の不幸な状況が人のせいだと思う者がおおいからだよ。実際、人のせいによることも大きいと思うよ。それが被害妄想だと言ってしまえばそれまでだが、ではいじめられた者は被害妄想だと言えるのだろうか。中大教授殺害犯の教え子の山本被告は、最後はバイトを掛け持ちという不遇だったが、在学中に教授の何気ない言葉がトラウマになっていたようだ。「このままでは社会でやっていけない」とか何とか言われたらしい。何気ない言葉も当事者はひどきく傷つくことだってある。相手が何も感じないようなそぶりを見せると、大学教授クラスでもついついひどいことを言ってしまう。大人しく見える者ほど、内々に溜め込んでしまうのだ。
 加藤被告は小中の頃、母親のスパルタ教育に泣き泣き従っていたようだ。愛情のかけ方もしらない親が、ただ子供を自分の作品のように扱い、親戚に成績でほめられたいために勉強ばかりやらせる。子供は反抗期すら認められない。だから後になって爆発するんだ。高校は進学高校だったが、ここで初めておちこぼれを経験。成績をよくすることしか知らないので、自分の進路などわかるはずがない。当然受験は失敗。仕事も何をしていいかわからず、気がついたら派遣社員。しかしこのようなケースは加藤被告だけではないと思うよ。精神鑑定をするらしいが、そんなことしても意味がない。彼は家庭環境によってこのような犯行に及んだのだ。すべては母親の見栄だ。詰め込みのスパルタは、後々このような歪な性格になってしまうのだ。奈良の医者の息子も家に火をつけ、母親と姉を殺した。このケースは父親のスパルタが原因だ。いずれの場合も、将来の生き方、職業などを本人がわからないまま、詰め込み勉強をさせた結果だ。親による子供のいじめだ。

2009/06/06 (Sat) 07:57
三鷹高校の土肥校長の勇気ある行動ー都教委は教育破壊団体

 都立高校の職員会議で 『挙手・採決』禁止にたった1人校長反旗。勇気ある行動にエールだ。ほとんどの校長が、都教委の飼い犬になってしまい、教育理念など持たなくなり、単なる伝書鳩になってしまって久しいが、今時こんな勇気あるかたがいるなんて。教育界の田母神さんだ。あっぱれ!!!!!!!!!
 学校の職員会議で、「挙手」「採決」によって教職員の意思を確認することを禁じる-。こんな東京都教育委員会の通知に対し、都立三鷹高の土肥信雄校長(59)が撤回を訴えている。都教委の方針を、現職の校長が公然と批判するのは異例だ。「どちらの主張が正しいのか。都民に判断してほしい」と、公開討論の開催を申し入れている。
 通知は、二〇〇六年に教育長名で出された「学校経営の適正化について」。
 これに先立つ一九九八年、都教委は通知で、校長ら管理職のみで構成する「企画調整会議」を、都立学校の方針決定の中枢機関と位置づけていた。職員会議は「校長の補助機関」とした。
 かつての職員会議は合議制で方針を事実上決定する場だった。時には管理職の意向が反映されないこともあり、都教委側には不満があったともされる。
 九八年の通知を徹底させるのが〇六年の通知の狙いだ。職員会議の機能を「報告、意見聴取および連絡」に限定。意思決定は「行わない」と明記した。
 これに対し、土肥校長は「言論の自由が奪われ、学校現場から活気が失われている」と主張。昨秋から校長連絡会などの席で、通知撤回を求める発言を繰り返している。
 土肥さんの学校では、実際には採決などを行っていないが、「職員会議で教員の意見をできるだけ聞き、決定に反映させている」。しかし他の学校の教員からは「教職員の間に、意見を言っても仕方がないという雰囲気が出ている」といった話を聞くという。そりゃそうだろう。しかも最近では校長の飼い犬の「主幹」が、都教委に職員会議の様子をチクっている者もいる。「うちの学校は都教委の通知を無視して挙手や多数決を行っています」と。自分たちが都教委に認めてもらいたいからだろう。
 更に最近では主幹の成り手があまりいないために新たに「主任教諭」を設置し、給与面で差をつけようとしている。主任教諭になれば現状維持で、ならなければマイナス5万円とか。さすがに主任教諭に立候補する者は増えたようだが、人参で釣るようなやり方としか思えない。
 都教委は通知の目的を「校長の責任と権限の強化」とうたう。ならば「校長の責任で(挙手・採決を)行うことも、なぜだめなのか。都教委のいいなりになる校長では、まるで本部主導の“コンビニ店長”」と憤る。
 確かに、今までは日教組が、散々くだらない国歌国旗問題等で職員会議で自分たちのやりたいように牛耳ってきたことは否めない。校長を恫喝し、組織票で主任を決めてしまい、主導権をとろうとしてきた。その結果、生徒のための議論でなく、自分たちが楽をすることしか考えないような、怠惰な雰囲気の学校になってしまい、多くの都立高校は長年深刻な学力低下に陥り、私立高校との差を開けられてしまった。都教委はその対策として、校長の権限を強くし、職員会議を「会議」でなくしてしまったのだが、今度は逆の矛盾が生じてきた。意見が言えなくなり、校長がおかしな判断をした場合でも反論できないことも多々あるのだ。現金を盗んだ生徒の取調べを打ち切らせたり、タバコなどの特別指導が3回になっても退学させられくなったりで、校長の保身振りが露になった。その結果、ワルがのさばり、昨今の生徒に甘い通知ばかりで、学校が機能しなくなってきた。せっかく退学にさせても翌年また受験するワルもいる。その生徒を受験できなくしたら今度は内部告発で校長は退職。こんな悪循環がそこかしこで起きている。
 都教育庁都立学校教育部の担当者は「通知は、意思決定のプロセスを明確化したもので、職員会議の議論を制限するものではない。『言論の自由を奪う』というのは論理の飛躍。教職員が意見を言わないというのなら、意見を聞くように努力するのが校長だ」と話している。全く頭がおかしいとしか言い洋ようがない。こんな言い訳は小学生でもおかしいと思えるのではないだろうか。「挙手・採決禁止」と通達してきて、「意見を聞くように努力するのが校長の役目????????」。開いた口が塞がらないとはこのことだろう。
 そもそも都教委は教師出身の方がどれほどいるのだろうか。あるいは石原都知事に怯えているのだろうか。バカばかりで現場はまともな教育など出来るはずがない。何度も言うが、都教委はバカ!!!!
 もし土肥校長が裁判で勝訴したら、都教委はすぐに決定に従うだろう。いつでもこの繰り返しだ。


2009/06/05 (Fri) 20:17
時津風親方ー相撲界を汚さないで!

 弟子を兄弟子に命じて殺してしまった時津風親方に実刑6年だ。当然のような気もするし可愛そうな気もするし。そもそもしごきは相撲界には当たり前だ。間垣親方もしごきで訴えられてしまった。あまりこの件を過剰に報道すると、学校と同じになってしまう。体罰体罰とマスコミが騒いだおかげで、生徒はずうずうしくなってきて学校崩壊が始まった。体罰やしごきは絶対に必要なのだ。今回死亡した少年も、相撲に対する態度があまりよくなかったようだ。何度も脱走し、タバコも吸い、しごきの前も何かしでかしたようだ。こんな態度ならしごきも必要だろう。まだ10代だ。ゆとり教育で育った、根性も我慢強さも礼儀も知らない世代だ。そんなぬるま湯で育った子供が、戦前の日本教育のような世界で上手くやっていけるわけがない。しごきが当たり前も世界で、死んでしまったのは不幸としか言いようがない。
 しかし世間は結果でしかみない。いくら立派な教師でも生徒を殺してしまってはダメだ。いくら正当なしごきでも同様だ。戸塚ヨットの趣旨は私も大賛成だが。やはり殺してしまってはダメだろう。ただの「殺人」になってしまう。問題なのは、しごきの加減をしらなかったということだろう。いじめで殺してしまった例もあるが、この位やると死んでしまうという加減をしらない人間が増えているのだ。親もそうだ。子供が泣き止まないので折檻して虐待して殺してしまう親が急増中だ。やはり20代の未成熟な親が多い。要するに、学校も、相撲界も、親も、加減を知らないのだ。その点をもう少し慎重に考えてみればわかりそうなものだが…。
 更に時津風親方は退職金2000万円を支払うよう、相撲協会に直訴し、却下されてしまった。今後彼は獄中に入るわけだ。出所しても仕事はないだろう。そのためにお金が必要だと思ったのだろうが、何か節操がないし聞き苦しい。時津風親方は、元双津竜だ。昭和40~50年に活躍した、巨漢力士だ。双葉山の双の字を引き継いだわけだが、今や犯罪者だ。紙一重で、犯罪者になってしまうことが今の日本にはいくらでもある。人を扱う仕事は、今後ますます大変になってくるだろう。

2009/06/05 (Fri) 19:57
足利事件の菅家さんの冤罪に見る、日本の司法の問題点、警察のいい加減さ

 DNAが一致しなかったのが判明したのが、1997年。それなのに釈放されたのが昨日の2009年6月4日ですか。何かおかしくありませんか?いかに日本の裁判がだらだら長く、新証拠が出てきても冤罪として認められないのです。これでは犯人にされてしまった無実の人はたまったものではありません。原因は。警察の点数主義と威信の問題でしょうか。逮捕数が少ないと上司からはせかされ、多少疑わしいだけで無理やり逮捕してしまう。中には証拠を捏造することさえある。鹿児島の志布志事件もそうだ。そんなに逮捕数が問題なのか。逮捕数が少なければそれだけ事件が少ないからいいと思うのだが。更に最も問題なのが、警察の威信だ。一旦逮捕して有罪にしてしまった事件を、途中で変更することに相当抵抗があるようだ。人間、誰しも間違いがあるのだから、謝罪すればいいと思うのだが…。それも許されないのだろうか。刑事ドラマを見ていても、いつもその点が強調されている。学校でいじめを認めないのと同じ構造だろう。しかしこれでは被害者はたまったものではない。そんない体裁が大事なのだろうか。保身ばかりにこだわるクソ校長も同様だ。

2009/06/02 (Tue) 00:58
御殿場事件に見る、女性の言い分を鵜呑みにするおかしな日本の風潮

 全くこんなばかげたことが現実に起こるのだろうか。私は最近の日本がおかしな方向に進んでいることに警鐘を鳴らしてきた。痴漢の冤罪を見るまでもなく、女性の言い分を一方的に信じてしまう警察や裁判だ。何故これほど女性に甘くなったのだろうか。政治家は女性票ばかり気にする。女性にへらへらしてご機嫌ばかりとる男性が増えてきたのだろうか。とにかくおかしな風潮だよ。御殿場事件は聞けば聞くほど腹の立つ冤罪事件だ。しかしもはやこれは国家的な問題だ。1女子高生の気まぐれな発言で、10人もの何もしていない男子高校生が逮捕されたのが2001年。その後、アリバイもあったのに、最高裁も男性たちの言い分を聞かず、実刑になってしまった。
 そもそもこの事件は。1女子高生が9月16日に10人の顔見知りの元同級生に集団で強姦されたという訴えから始まった。その言い分を警察は真に受け、物証もないまま逮捕。しかし弁護側がよく調べたら、男性たちにはアリバイがあったし、女子高生には他の男性ととの通話記録があった。これだけでも十分侮辱罪、名誉毀損罪で犯罪ものの証言だが、この事件は女子高生の気まぐれな証言でまた新たな局面を迎えた。何とその女子高生は、「23日は彼とのデートが親にばれるのが恐かったから嘘をついたが、実際に襲われたのは9日だった」と証言を翻した。この時点で、女子高生の発言は信憑性がないと思われるべきだが、何と裁判所はこの証言を採用してしまった。アホとしか言いようがない。しかし9日は御殿場地方は雨が降っていたのだが、女子高生の証言では、雨の記憶がなかったとか。しかもかなりの雨だったようだ。しかここが信じられないところだが、警察が意図的に天気の記録を改竄していたのだ。まるで御殿場の犯行現場だけ雨が降っていなかったように。裁判所の判決は有罪。最高裁でも同様だった。被告は結婚して子供もいたのだ。
 しかしこの女子高生は一体何故このような嘘をつくのだろうか。23日のことがばれたので、苦し紛れに9日だと言ってしまったのだろうか。偽証罪になってしまうので保身のために嘘をついたのだろうか。しかし女子高生にそんな知恵が働くだろうか。彼氏、又は両親が入れ知恵でもしたのだろうか。そこまでして自分の子を守りたかったのだろうか。あるいは見えない手が後ろから回ったのか。こんな理不尽なことが起きるなんて、もはや日本の警察も裁判も信用できないってことだろうjか。ならば裁判員制度も必要だろう。司法の人たちは、最初から答え有りきの進め方をしてしまうから、途中で新証言や証拠が出ても、意地で変えようとしない。気の毒なのは、全く身に覚えのないことで刑務所に入れられてしまった男性だ。そんなに1女性の言うことは絶対なのか?世の中、狂っているとしか言いようがない。しかし何故警察は女性が襲われたことになると目の色を変えて被告の男性を一方的に追い詰めるのだろうか。それは正義でも何でもないよ。どうせ上から言われているからだろう。

 私がこの被害者の男性の親族だったら、相手の女子高生の家に怒鳴り込み、場合によったらただではおかないだろうね。こんな人の人生をだいなしにする人間のクズは、本来守るべきか弱い女性ではない。断罪すべき悪魔だ。そんな一小娘のいい加減な発言に、何故警察や裁判所は信用してしまうのだろうか。裏で何かが動いているのだろうか。

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