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2007/07/15 (Sun) 10:33
本日のニュースより

●制服も校歌も高校生が決める?
 神奈川県の2つの高校が統合するということで、両校の生徒が協力して様々なことを決めるらしい。いじめもしている暇がないほど充実しているそうだ。これが本音だろう。いじめをする奴は、いじめをすることで暇を埋め合わせているのかもしれない。ならばいじめが出来ないほど忙しくさせればいいのだが。そこで邪魔になるのがやはり「ゆとり教育」になる。そもそも子どもは様々なことを学ぶ資質があるのに、その機会を奮ってしまったとしか思えない。自分で課題を見つけ自分で解決する生きる力を養う…といくらきれいごとを言ったところで、子どもは楽なほうになびいてしまう。川の流れのように低いほうに流れていく。一旦そうなった流れを逆流させるのは並大抵のことではない。子どもが日々充実するようなカリキュラムこそ必要なのだろう。
 総合学習、奉仕活動、情報教育、道徳学習などではだめだ。余りにも抽象的すぎて、子どもは何をしたらいいのかわからなくなる。「自分で課題を見つけ」でなく、学校側が具体的に与えていかなければ子どもは何をしていいのかわからなくなるだけだ。
 ちなみにこの両校は様々なコースがあり、才能豊かな生徒が集まっているよいうだ。外国語コース、福祉コース、音楽コースなど。しかしそれもある程度の学力が必要だ。都立高校の場合、名ばかりのコース制を設置しても、学力の低い生徒が集まることが多く、ほとんどが学級崩壊状態だ。中には、ひどいクラスの担任を任されて、死亡してしまった教師もいたほどだ。それほどコース制はうまく機能しているとは言いがたい。
●高校科目に「日本の文化」
 最近は校外から講師を呼んで、総合学習などでこのような興味を引きそうな講座を設ける学校が多い。そもそもこのような客寄せ講義こそが学力低下の原因ではないだろうか。そんなKとをしている暇があったら漢字の読み書き、英単語の1つでも覚えさせなくてはだめだと思うよ。
●博多の小学校のいじめ対策
 教室と教室はついたてのみ。廊下側の壁も扉もない。すなわち廊下を歩いていると教室が同時にいくつも見ることができるわけだ。開放的にすればいじめはなくなるという発想だ。なるほど一理ある。いじめは密室で、教師の目の届かない場所で起きる。開放的にすればそれだけ多くの教師の目に届きやすいし、隣の教室で何が起きているかもわかりやすい。メンタル的な方策では無理なら、物理的な方法もいいかもしれない。
 しかしこれを全国的にするには、校舎の大改造が必要で、多額の予算が必要だ。まだまだ先は長いが、各自治体が自由に出来る時代だ。自治体ごとにどんどんやってほしいものだ。
●いじめ告発と、チクリ
 いじめられている者の多くが、教師にチクることへの報復を恐れて何も出来ない状態でいる。これは民間会社や政治の世界でも同様だ。一旦内部告発して世間に公表されれば、ミートホープ社、コムスン社のように会社は潰れ、自分の生活も行き届かない。かつてはカネミ油症、イタイイタイ病、森永砒素ミルクなど、戦後日本の倫理は、「ばれなければいい」「金第一主義」「バラすなんてとんでもない」といった風潮に支配されてきたと言える。
 それは学校の中でも同様、いじめらて担任に訴えるなんてまず出来なかったし、そんな発想すらなかった。日本は昔から村社会だ。村の結束は重要で、他の村とは敵対関係にもなりえてしまう。会社で言えば各科でかたまり、教師は組合、管理職、教科、分掌ですぐに固まってしまい、お互い協力することなく、揚げ足を取り合う。今の選挙運動を見てもそうだ。自民党もだらしないが、あら捜しに躍起になっている野党に政権の座を明け渡してもらいたくはない。両者が結束して日本の将来をよくしていこうという気構えが全く感じられない。年金問題など、与党も野党もない。両者が協力すればすぐに解決するはずだ。自分たちの立場でしか発言していない選挙演説が多すぎる。
 話を戻して、日本はこのような蛸壺社会で成り立ってきた。だからこそ「開かれた学校」も一理あるだろうが、あれは結局、親が学校にクレーンムをつけやすくしてしまっただけで、ほとんどメリットがなく、逆に「モンスターペアレント」が生まれてしまっただけだ。学校が悪い、親が悪いと言う責任のなすりあいをしているから、いじめはなくならないのであろう。親と学校が手を繋げばすぐにいじめはなくなる。
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コメント

3連休も最後ですね。今日は、とても晴れています。
教師はつぶしが効かない、というのは確かかもしれません。しかし、実際、教師から民間へ転職した方がうまくいっていないという話はあまり聞きません。私の知り合いの元教師は、自動車中古車販売の自営を始めましたが、精神衛生上、とても良くなったと、新しい仕事をがんばっています。
また、教師が高給取りなのは確かでしょうが、同じ年の友人は自動車ディーラーに勤めておりますが、年収は私の方が50万円ほど低いです。東京や大阪、名古屋などの大都市圏で比較すると、教師は決して高給取りではありません。トヨタ自動車の現場工員さんの年収の方が上です。現状として、教師の給料が減っているので、これからもっと民間との差がつくのではないでしょうか。
でも、いざ転職となると難しいですよね。先の教師を辞めた同僚も、年収はダウンしており、当たった時の大儲けを夢見て働いていると言っておりました。やはり、大半の教師は、転職を視野に入れているものの、辞めたくても辞められない、我慢せざる得ない、だから教師のうつ病や自殺が多いのかな、とも思います。
逆に考えれば、民間から教師への転職は多いですよね。むしろ奨励されている。それだけ教師という仕事は誰でもできる、特別スキルのいらない仕事なのかもしれません。事実、民間で窓際に追いられたものの、教師に転職してうまくいっている方を数名知っています。



長くなるので分けますね。
教室と教室の間の壁ひとつという学校は、オープンスクールといい、愛知の緒川小学校が発祥です。その学校にいじめがあるかないかはわかりませんが、子供たちは生き生きしているようです。しかし教師はいつも監視されているような気分となり、よほど気持ちをしっかりしないと授業ができないでしょう。
また、教師が群れや派閥を作り、その枠の中から外れる教師を排除しようとする雰囲気はありますよね。特に学閥という群れが。好調を中心とした学閥教師でおいしいところをとり、何か学閥教師に困難が降り注いだときは、学閥同士で助け合う。学閥外教師に困難が降り注いだときは、学閥教師はそれを煽り立て、笑いものにする、なんてことはありませんか。特定のスケープゴートを作り、安心しようとしているきがしてなりません。

 こちらも快晴です。映画「QUEEN」を見てきました。エリザベス女王とブレア首相のダイアナ妃の葬儀に関しての確執がテーマでした。雅子様もダイアナのようにすればいいと思うのですが…。
 ひょっとして愛知県の方ですか?昔は管理教育で有名でしたが、今では東京都が先端を行ってますね。そちらでは自動車産業がさかんでしょうから教師をやめても就職先があるのでしょうが、他府県はそうもいかないようです。経営や営業のノオウハウも何もないので、転職は勇気が必要でしょう。結局、文句を言いながら、命を縮めるながら、教師を続けていくのでしょう。
 学閥はそんなにひどいのでしょうか。愛知教育大学や名古屋大学が幅を効かせているとか。嫌な雰囲気ですね。こちらはそれほどでもありませんが…。

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