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2007/08/19 (Sun) 02:57
戦争関連の報道が多い

 この夏は特に多かったような気がする。中にはよく出来ている作品もある。「上野動物園の象の花子」には泣けた。象は毒物を食べず、餓死させなければならなかった。飼育員たちの葛藤がまた痛々しかった。「はだしのゲン」も良かった。漫画はよくビデオで生徒に見せたが、今回のドラマはかなり原作に忠実だった。
 映画「ヒロシマ、ナガサキ」は一部の小劇場で上映されていたが、何人もの被爆者をインタビューしたドキュメントだったが、今までにない切り口だった。被爆の時の傷を人前で曝すのは勇気のいることだろうが、「私が生き残ったのも後世に伝える義務があると思って…」と言っていた方もいた。
 私は太平洋戦争関係の作品はほとんど見てきたつもりだったが、この作品には少々驚かされた。それは昭和30年、つまり戦後10年後、アメリカが被爆者の何人かを本土に呼び、無償で皮膚手術を施したことだ。ある女性は30回も皮膚手術をされたとか。しかもマスコミは被爆した女性たちを「原爆乙女」などと称してもてはやしていたが、見世物にされた感じは否めなかった。あるテレビ局では、被爆者の日本人男性と、実際にヒロシマに原爆を投下したアメリカ人の大尉が握手をするシーンがあった。大尉は「こんなことをしてしまって罪の意識を感じている」などと言っていたが、いかにもテレビの演出の匂いがした。握手をした時の日本人男性の顔は引きつっていた。会場からは握手が起きたが、被爆者の痛みなど本人でなければ絶対にわからないはずだ。
 戦争をやめさせるための原爆投下は、勝者のアメリカ側の論理だ。勝てば官軍なのがいつの世にも常だ。勝てば何をしてもいいのか?敗者は一生消えない心身の傷を負ってしまうのだ。これっていじめも同じだよね。
 幸運にも日本はその後戦争に巻き込まれていない。表向きは民主主義、資本主義、経済大国になった。奇跡の復興と言っていいだろう。マッカサー様のおかげかもしれない。押し付けられた憲法9条も一見役に立っている。しかし精神面は明らかにおかしくなってしまった。おかしな個人主義が跋扈し、自分さえよければいいといった恐ろしい心が日本人の心をじわじわと侵食している。人が苦しんでいることさえおもしろがるような心を持つものが多い。いじめもその現われかも。
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コメント

戦後62年間、日本が直接戦争に巻き込まれたことは一度もまだありません。平和憲法と日米安保条約、そして経済力が阻止しているのでしょう。

第2次世界大戦における、アメリカと日本の関係は、まさにいじめっ子といじめられっ子の関係。理由があるんだから、いじめてもいいだろう、の考えがアメリカ。日本は孤立無援だからいじめられ放題。そしてその後はいじめられないために、お金を渡して「これあげるからいじめないでね」と言っている。日本の学校を取り巻いているいじめの構造と似ている気がします。

ちょっと話がずれますが、いじめがなくならない理由に、マスコミの報道の仕方があると思います。現役の小学生や中学生がいじめられていると、いじめはよくない、とか報道しますが、子供の頃、いじめられていた大人が殺人などの事件を起こすと、マスコミは面白おかしく過去を洗い出し、「子供の頃いじめられていたから、犯罪を犯しました。いじめられることは、恥ずかしいことです。」と方向転換してしまいます。つい最近ですと、秋田で自分の子供と近所の子供の2人を殺した女への報道がまさにそのパターンでした。これではいじめられていても、大人に相談することはできません。いじめられることは、恥ずかしいことだからです。
逆に、元いじめっ子の不良が大人になって大成すると、マスコミは、ヒーローとして扱い、他人をいじめていたことがいかにも勲章のような印象を与えているのです。某ヤンキー先生なんかいい例です。そういう先生こそ、不良の気持ちがわかる、なんて不良の気持ちがわかれば立派な教師なのか。その影で隠れている、いじめられていた子供はどうでもいいのか。マスコミの偏った報道のあり方にも考えを持たねばならないと思います。

 全くですね。どうもここ何年かの教育界では、不良や落ちこぼれが立ち直ることを是としているようですね。昔の「飛び出せ青春」「われら青春」「金八先生」「教育は死なず」などは、まさにテーマがそのあたりに偏っていました。そのような不良を立ち直らせることが教育だと多くの教師や大人が思い込んでしまったのです。そのため落ち着いた雰囲気で勉強させる、もっとも当たり前のことがなおざりになってしまい、落ちこぼれもついてこれるような「ゆとり教育」が導入され、やたら退学処分も出来なくなり、更にはADHD、LDなどのように、発達障害と言う名の元にわがままさせ放題になってしまったのです。ADHDはただの落ち着きのない子どもで、一位昔前だったら引っぱたいて廊下に立たせ親に文句を言えば、一発で直ったものです。LDなんかただの勉強嫌いの怠け者でしょ。計算が出来ないなら学校に残して出来るまで変えさせなければいいのです。家でも親が協力して勉強させましたよね。好き嫌いの問題ではないはずです。それが今では何でも、子どもたちのやる気、好き嫌い、向き不向きを重視するようになってしまい、おかげで子どもは「我慢」することをしなくなり、給食は残す、嫌いな授業では騒ぐ、相性の悪い担任では親が担任卸を画策するなど、何かおかしな方向に向かってしまいましたね。
 金八先生の名言の中に「腐ったみかんの方程式」「生徒はみかんではないんです」なんてのがありましたが。あれは「不良でも学校できちんと面倒をみろ!」ってことですよね。不良を更生させるのが教師の仕事、だから不良は学校で悪さをしてもいい、と生徒や親は勘違いしてしまいましたね。授業妨害したり、いじめを平気でしたり、教師に暴言をはいてくるような生徒が平然と、何のお咎めも泣く学校に来てしまっています。私はあえていいたいですね。「腐ったみかんは学校に来るな!」
と。
 義家氏は確かにそうですね。彼は自分の母校でしか教師経験がないのですよね。いじめ撲滅に力を入れているようですが何か胡散臭さはぬぐえません。今や参議院の議員ですからね。はオール1先生こと宮本先生が、教育再生会議のメンバーですか。どうも安倍首相の目はどこを向いているのかと言いたくもなりますね。
 マスコミはその時の旬な話題を追っていますから、先のことなど全く考えていません。自分たちの報道の影響力がどのくらい凄いのか、どのくらい暗い影響を子どもたちに与えているのか、よーく考えてほしいですね。戦後、「言論報道の自由」がアメリカのよって植えつけられましたが、どうも日本にはマッチしていないと思いますよ。フライデー、フォーカスのようなパパラッチ的な雑誌が何冊も発行され、国民が人の恥部をさらけ出すことに快感を感じるようになってしまい、本当に伝えなければならないことは全く取り上げられなくなりました。

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