プロフィール

クレメンス

Author:クレメンス
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

2008/08/03 (Sun) 13:29
増え続けるナイフによる殺傷事件

●増え続けるナイフによる殺傷事件
 先週も3件。愛知県の中学校で元担任を刺した少年。JR平塚駅で7人を刺した34歳のパート女性。動機は父親との確執。新座市では42歳の男性が知人を刺した。秋葉原、岡山、土浦の事件からまだ幾日もたっていないのにこの多さは何だろう?しかし原因ははっきりしている。が、対策は何もなされていない。どうしても個人の心の問題になってしまい、評論家は口を揃えて同じことを言う。「誰でも壁にぶち当たったり、人との確執はある。それを乗り越えて成長してきた」「誰でも良かったというのが理解できない」「親は子供と向きわなければならない」等々。ふん、そんなごたくはもう何回も聞いたよ。学校で事件が起きれば(2001年大阪の池田小学校事件)校門を閉めようとし、秋葉原で通り魔事件が起きれば歩行者天国を廃止するし、要するに事後処理対策で終わってしまう。問題はそんなことではないだろう。犯人の共通項はみな同じだ。人間の営みで最も肝心な家族関係が崩壊している。表向きは両親健在、円満な家庭のように思われているし、犯人も「大人しくて目立たない。とてもあんな事件が起きるとは思わなかった」というコメントばかりだ。ただし意外な一面もあったと一部の人が言う程度だ。実はこの意外な一面が問題なのだ。よく評論家は「人間の心の闇、裏の顔」と言う。そんなものは誰だってあるものだ、ほとんどの人間は表の顔と裏の顔を持っている。表の顔は建前、裏の顔が本当の顔と言ったところか。多くの人々はこの裏の顔を見破られないように、わからないようにしている。建前だけの顔をしていてはストレスが溜まる。だから人々はアフターファイブを大事にしなければならない。仕事人間、ワーカーホリックは危険だ。思い込む人間も危ない。テリー伊藤が言っていたが、考え込む人間は汗をかいたほうがいい。スポーツが必要なのは、思い込んでおかしなことを考える人間をなくすためにも必要かもしれない。問題は、犯罪を犯す人間がスポーツを面倒くさがってしないことだろう。そりゃそうだ。考えようによっては、スポーツは「金にならない体を動かすだけ」のものなのだ。何故疲れることをわざわざしなければならないのだろうか。きっとそう思っているだろう。しかし不思議なもので、日本は糖尿予備軍が極めて多い。原因が運動不足、過剰な食事の仕方などだ。対処方法として1日40分以上歩いたり、食事制限したりすることだ。結局人間は体を動かしていないとバチがあたるようになっているのだ。だからこそスポーツは必要なのだろう。犯人たちに体を動かす習慣があったらまた違った解決方法を見出したかもしれない。
 体を動かしていると不思議なものでそのことだけに没頭していくのがわかる。心と体は人間の両輪だ。残念ながら日本の教育はあまりにもこのバランスを悪くするような教育システムだ。あまりにもスポーツに力を入れなさすぎだ。中には、子供が部活動に入っていると勉強時間が減り入試に差し支えると本気で思っている親がいる。心と体のバランスをわかっていない。子供にとって受験がすべてという悪い概念を植えつけてしまうだけだ。
 人間の脳には左脳と右脳がある。簡単に言えば左脳が学力、右脳が精神状態。今の日本の教育は右脳の発達を全く重視していない。道徳の授業が軽視されていたり、いじめを放置しているのを見ればわかる。それにひきかえ、全国学力テスト、学習指導要領改訂、教育再生会議など、国は学力向上の議論は後を絶たない。都立高校でも「進学重点高校」の設置など、対応は早い。
 それに引き換え、心の教育は野放し状態だ。せいぜい「道徳教育の必修化」が少し叫ばれたくらいだが、多くの学校では教師だけでは対応できない。教師も自分の得意な科目を教えているほうが楽なのだ。あるいは学力はすぐに数字に出るから評価にすぐに現れる。こんなことだから日本は心の貧しい国民を生産することになってしまうのだ。進学重点高校には力を入れても、教育困難高校へのお手当てはほとんどない。教室にエアコンすらないさまだ。昔から日本は格差社会だ。格差の下の人間は今までは黙っていたが、最近は牙を向き始めたということだろう。昨今の事件は「おちこぼれの復讐劇」といったところだろうか。
スポンサーサイト

<< 三浦和義さん、いい加減にしなよ! | ホーム | 教育に無関心な安心実現福田内閣 >>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP