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2009/05/04 (Mon) 19:53
第9回いじめを許さない教師の会ー高橋史朗氏の講演ー自己肯定感がないといじめに走る

 高橋氏の着眼点のいくつかは私とだぶっているので心強い。しかし世の中、同じような志の方がいらっしゃるのは神の導きか。私が気になった新聞記事をとっておくのだが、その中のいくつかを彼は講演会で紹介したのだ。前世は兄弟だったのかもしれない。 
 今回のテーマは、「自己肯定感のない日本人」「自分はダメだと思う日本人」の中高生を対象とした調査で、驚くべき数値が先日の新聞で公表された。何と日本の中高生の60%以上が、自分はダメな人間だと思っているのだ。ちなみに、中国は13%、アメリカは27%だ。日本人は実に3人に2人が自己肯定感がないということだ。これは実に忌忌しき問題だ。と言っても私も今だにダメ人間だと思っているから人のことは言えない。青年期に自分はダメだと思い込んでしまうと、一生その思い込みは続く。そして肝心な人生の分岐点で、この負の感情が顔を見せる。負け犬の方程式のようなものだ。
では何故自己肯定感がないのだろうか。私の場合は、両親の影響が大きかった。親の理想の教育は、「9褒めて1叱る」なのだが、私の場合は「10叱られた」記憶しかない。いや、叱られると言うよりも、何気なくイヤミを言われたり、尊厳を無視されるような言葉を平気で投げかけられたのだ。そのことを後に言っても、一切親は自分の言動の非を認めようとしない。「辛かったんだね、ごめんね」の一言でもあれば私も救われるのだが、それが全くない。親は自分の教育、育て方の非を全く認めないようだと、子供は明らかにおかしくなる。秋葉原や土浦の無差別殺人の犯人が「誰でもいいから殺したかった」という気持ちはよくわかる。私だって何かをきかっけに同じようなことをするかもしれない。そんな心理状態の日本人は増大していると思う。それは、常識、非常識の問題ではない。「衣食足りて礼節を知る」ではないが、「適切な愛情が足りて礼節を知る」であろう。そうそう、西鉄のバスハイジャック犯も同様だろう。全員に共通することは、親に愛された記憶がないのだ。試験の点数さえよければ親は喜ぶ。しかもそれは近所や親戚に「私の子供はこんなに成績がよい」と見せびらかしたいだけだ。子供は敏感だよ。そんな親の虚栄心などお見通しだよ。だから点数至上主義の親は、まず子供は100%ぐれるね。それも考えられないような、とっぴょうしもない犯罪を犯してしまうよ。
 福沢諭吉が西洋の自由を紹介したのだが、それは今の安易な自由とは異なる。自由独立、独立自尊なのだ。しかしそれはあくまでキリスト教の精神に基づいたものだ。今の日本は無宗教のようなものだ。そんな日本に「自由」という言葉が独り歩きすれば、いじめるのも自由、タバコを吸うのも自由、盗むのも自由、殺すのも自由…、と単純な子供は思ってしまう。自由には、自己責任が伴う。自由に行動した結果が犯罪に触れれば、それは当然責任をとることになる。所謂ゼロトレランス精神だ。それが西欧では当たり前なのに、日本はそれがない。いじめが発生しても学校は隠蔽し、対教師暴力は「教師の指導力不足」「体罰禁止」などのせいで、子供が自分の責任をとる必要がなくなっている。それでは単に我侭で厚顔無礼なクソガキが育つだけだ。いじめる者、いじめられる者に共通していることは、自尊感情がないのだ。いじめられても自尊感情があれば、自分を守ろうとして何かし始める。ところが自尊感情がなく、「自分はダメな人間」だと思っている者は、「自分に問題がある」「自分は生きている価値がない」と思ってしまい、最悪、自殺を選んでしまう。いじめる側も自尊感情がないために、自分以外の者をいじめることによって、自分のほうが上だと思いたがるのだ。双方が押し合いをした場合、いじめられる側は押し返すことができない。いじめられ子は自分だけを責めるからだ。
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