東京都の愚作ーエンカレッジスクール、チャレンジスクール
「エンカレッジスクール」という名前にごまかされてはいけない。これに指定されるということは、すでに全日制普通科の形態をなしていないということである。早い話が、学力低下の超困難高校という烙印を押されるようなものだ。来年度も、東村山高校が指定されることが正式に決まった。確かにひどい学校であることに間違いはない。指定される高校はどこも同じだ。学校経営努力をせず、部活動も不活発。服装、頭髪はでたらめで、近隣から顰蹙をかっている。万引き、2人乗りは当たり前で、学校に苦情を言っても、教師は日教組思想に汚染されている者ばかり。そりゃそうだろう。まともな教師は進学重点校、私立高校、国立高校に行くはずだ。要するに教師のふきだまりだ。中退者が何人でようがおかまいなし。生徒のことより自分たちが楽をすることしか考えていない。そんな困難高校だから、まともな教師はそこへは異動しない。問題教師や、使い物にならない女性教師、組合運動ばかりしている勘違い教師が必然的に集まってくる。某困難高校の英語の教師は7人中、男性教師は1人だ。これで生徒指導が出来るわけがない。ある学年は、担任6人のうち女性が4人。これもバランスが悪い。ただでさえ生意気になってきた生徒が増えている。抑えの利かない女性の担任だと学級崩壊、無断早退、無断欠席、授業妨害、中退者続出など、下降の一途をたどるだけだ。
そんななかで都は、地元に評判の良くない高校を「エンカレッジスクール」に指定するわけだが、これが愚作中の愚作だ。入試がない、定期考査がない、授業は30分。これがはたして高校だろうか。前提がおかしいのだ。中学時代に力を発揮できなかった子供たちを勇気付けるとあるが、そもそも一度不登校、登校拒否を経験した子供たちは、勉強する習慣もなければ真面目であることも少ない。そもそも、朝起きることが出来ないのだ。机に長時間座ることも出来ない。勉強に興味がない。そんな子供にいくら再チャレンジの機会を与えても結果は目に見えている。案の定、中退者続出だ。英語の教師が数学の問題を教えたり、国語の教師が英語を教えたりで、教師のモチベーションも下がる一方だ。
今回の東村山高校の指定も、実は近隣の困難高校もいくつか候補にあがったらしい。東村山西、久留米…。さすがに強行に反対したらしく、東村山高校(志村けんの母校)が指定されてしまったわけだ。
教師は公募とあるがそうではない場合もある。校長の権限が強まってきた中で、懲罰人事でエンカレッジスクールに異動させられるケースもある。一流大学を出て高校教師になって、何故小学校中学校の数学の計算問題を教えなければならないのだろうか。多くの教師はショックとやるせなさの中で悶々とした日々を送っている。都は今後も増やしていくことだろう。何せ、地元でも悪評の都立高校はわんさかある。まだ指定されていないが候補にあがった高校の教師は、内心ほっとしていることだろうが、明日はわが身だ。かと言って企業努力するわけでもない。組合思想に汚染されている教師には、赤と言われても仕方ないような仕事ぶりだからだ。そもそも勤務時間内なのに、所在がわからない教師が多い。学校内にいるはずだがどこにいるのかわからない。教育委員会の監察官が不意打ちに来校すると、校長は血相を変えて校内を探し回る。ならば日ごろからしっかりと周知しているかと言えば
組合のボスのような存在には頭も上がらない。自分が元組合員の校長が多いからだ。すべてが悪循環で、困難高校はそこから脱皮することはまずない。
蒲田高校はかつては1学区でも偏差値55以上の進学校であった。学習合宿、補習など、何事にも活発な学校であった。体育祭の応援団も有名で、小山台高校と同様、1学区の名物であった。もちろん生徒指導もある程度厳しく、体罰も当然のように存在した。そもそも体罰を禁止して生徒指導や学習指導が成り立つわけがないのだ。そんな当たり前のことが、最近のお役人には全くわかっていない。そんな蒲田高校だが、ある年に有名な組合のボスが来てからというもの、レベルは下がる一方だ。エンカレッジスクールに指定される前年は、偏差値40まで下がってしまった。つまり30年で偏差値が15下がったわけだ。そのボスは体罰反対でやたら生徒に甘く生徒の権利ばかり主張し、教師間では組合の権利ばかり主張する。当然、女性教師の権利にも敏感で、女性教師には受けがいい。最近の政治家と同じだ。女性が調子にのると学校はだめだね。残業はまずしない。きついことはしない。生徒指導はいやがる。それが学校全体に蔓延し、いつしか「組合教師」対「管理職」の構図が出来てしまった。一時が万事で、喫煙、校内暴力、現金盗難、器物破損、近所での万引き、かつあげなどは日常的になってしまった。それでもその組合教師は生徒をかばうことしかしない。やがて人権派の校長が赴任し、何と生徒が特別指導を何度受けても退学にさせない方針だ。これでは生徒はやりたい放題。何の特徴もない高校に成り下がってしまった。
人間はレベルを下げればそれに染まってしまう。少しレベルを高くしておかないと、勉強意欲そのものを失ってしまう。ゆとり教育の失敗はまさにそこにある。レベルを低くした結果、日本の子供たちの学力は目に見えて落ちてきた。成績の良い子供より、悪い子供ばかりに視点が集まった結果だ。勘違いもはなはだしい。人間は強制的に勉強させなければいけないのだ。一部のエリートを除けば、好きで勉強などする子供なんてごくわずかだ。自分から進んで勉強するのが人間だとでも思っているのだろうか。人間の本質が全くわかっていない。人間は楽をしたい動物なのだ。悪さをする動物なのだ。子供の自主性や権利ばかり認めるから、いじめし放題、規範式のないクソガキばかりではないか。悪さをしても叱りもしないし叩きもしない。体罰禁止などという誠におかしな法律があるために、子供が悪さをしても体で教えられない。口だけではわからない部分は絶対にあるのだ。お役人は全くわかっていない。