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2009/11/25 (Wed) 11:49
東京都の愚作ーエンカレッジスクール、チャレンジスクール

東京都の愚作ーエンカレッジスクール、チャレンジスクール
「エンカレッジスクール」という名前にごまかされてはいけない。これに指定されるということは、すでに全日制普通科の形態をなしていないということである。早い話が、学力低下の超困難高校という烙印を押されるようなものだ。来年度も、東村山高校が指定されることが正式に決まった。確かにひどい学校であることに間違いはない。指定される高校はどこも同じだ。学校経営努力をせず、部活動も不活発。服装、頭髪はでたらめで、近隣から顰蹙をかっている。万引き、2人乗りは当たり前で、学校に苦情を言っても、教師は日教組思想に汚染されている者ばかり。そりゃそうだろう。まともな教師は進学重点校、私立高校、国立高校に行くはずだ。要するに教師のふきだまりだ。中退者が何人でようがおかまいなし。生徒のことより自分たちが楽をすることしか考えていない。そんな困難高校だから、まともな教師はそこへは異動しない。問題教師や、使い物にならない女性教師、組合運動ばかりしている勘違い教師が必然的に集まってくる。某困難高校の英語の教師は7人中、男性教師は1人だ。これで生徒指導が出来るわけがない。ある学年は、担任6人のうち女性が4人。これもバランスが悪い。ただでさえ生意気になってきた生徒が増えている。抑えの利かない女性の担任だと学級崩壊、無断早退、無断欠席、授業妨害、中退者続出など、下降の一途をたどるだけだ。
 そんななかで都は、地元に評判の良くない高校を「エンカレッジスクール」に指定するわけだが、これが愚作中の愚作だ。入試がない、定期考査がない、授業は30分。これがはたして高校だろうか。前提がおかしいのだ。中学時代に力を発揮できなかった子供たちを勇気付けるとあるが、そもそも一度不登校、登校拒否を経験した子供たちは、勉強する習慣もなければ真面目であることも少ない。そもそも、朝起きることが出来ないのだ。机に長時間座ることも出来ない。勉強に興味がない。そんな子供にいくら再チャレンジの機会を与えても結果は目に見えている。案の定、中退者続出だ。英語の教師が数学の問題を教えたり、国語の教師が英語を教えたりで、教師のモチベーションも下がる一方だ。
 今回の東村山高校の指定も、実は近隣の困難高校もいくつか候補にあがったらしい。東村山西、久留米…。さすがに強行に反対したらしく、東村山高校(志村けんの母校)が指定されてしまったわけだ。
 教師は公募とあるがそうではない場合もある。校長の権限が強まってきた中で、懲罰人事でエンカレッジスクールに異動させられるケースもある。一流大学を出て高校教師になって、何故小学校中学校の数学の計算問題を教えなければならないのだろうか。多くの教師はショックとやるせなさの中で悶々とした日々を送っている。都は今後も増やしていくことだろう。何せ、地元でも悪評の都立高校はわんさかある。まだ指定されていないが候補にあがった高校の教師は、内心ほっとしていることだろうが、明日はわが身だ。かと言って企業努力するわけでもない。組合思想に汚染されている教師には、赤と言われても仕方ないような仕事ぶりだからだ。そもそも勤務時間内なのに、所在がわからない教師が多い。学校内にいるはずだがどこにいるのかわからない。教育委員会の監察官が不意打ちに来校すると、校長は血相を変えて校内を探し回る。ならば日ごろからしっかりと周知しているかと言えば
組合のボスのような存在には頭も上がらない。自分が元組合員の校長が多いからだ。すべてが悪循環で、困難高校はそこから脱皮することはまずない。
 蒲田高校はかつては1学区でも偏差値55以上の進学校であった。学習合宿、補習など、何事にも活発な学校であった。体育祭の応援団も有名で、小山台高校と同様、1学区の名物であった。もちろん生徒指導もある程度厳しく、体罰も当然のように存在した。そもそも体罰を禁止して生徒指導や学習指導が成り立つわけがないのだ。そんな当たり前のことが、最近のお役人には全くわかっていない。そんな蒲田高校だが、ある年に有名な組合のボスが来てからというもの、レベルは下がる一方だ。エンカレッジスクールに指定される前年は、偏差値40まで下がってしまった。つまり30年で偏差値が15下がったわけだ。そのボスは体罰反対でやたら生徒に甘く生徒の権利ばかり主張し、教師間では組合の権利ばかり主張する。当然、女性教師の権利にも敏感で、女性教師には受けがいい。最近の政治家と同じだ。女性が調子にのると学校はだめだね。残業はまずしない。きついことはしない。生徒指導はいやがる。それが学校全体に蔓延し、いつしか「組合教師」対「管理職」の構図が出来てしまった。一時が万事で、喫煙、校内暴力、現金盗難、器物破損、近所での万引き、かつあげなどは日常的になってしまった。それでもその組合教師は生徒をかばうことしかしない。やがて人権派の校長が赴任し、何と生徒が特別指導を何度受けても退学にさせない方針だ。これでは生徒はやりたい放題。何の特徴もない高校に成り下がってしまった。
 人間はレベルを下げればそれに染まってしまう。少しレベルを高くしておかないと、勉強意欲そのものを失ってしまう。ゆとり教育の失敗はまさにそこにある。レベルを低くした結果、日本の子供たちの学力は目に見えて落ちてきた。成績の良い子供より、悪い子供ばかりに視点が集まった結果だ。勘違いもはなはだしい。人間は強制的に勉強させなければいけないのだ。一部のエリートを除けば、好きで勉強などする子供なんてごくわずかだ。自分から進んで勉強するのが人間だとでも思っているのだろうか。人間の本質が全くわかっていない。人間は楽をしたい動物なのだ。悪さをする動物なのだ。子供の自主性や権利ばかり認めるから、いじめし放題、規範式のないクソガキばかりではないか。悪さをしても叱りもしないし叩きもしない。体罰禁止などという誠におかしな法律があるために、子供が悪さをしても体で教えられない。口だけではわからない部分は絶対にあるのだ。お役人は全くわかっていない。


2009/11/25 (Wed) 11:30
教育現場を知らない議員たちー呆れた蓮舫議員の発言

教育現場を知らない議員たちー呆れた蓮舫議員の発言

 「事業仕分け」が話題になっているが、いつの世も教育関係は最後になってしまう。その結果、戦後世界でも有数の教育国が、最近では時代遅れの非効率的な学校組織になっており、学力面でも道徳面でも欧米やアジアに遅れをとっている。頑張っているのは私立だけだろう。多くの公立学校は未だに40人学級、道徳の時間、学級活動など、無駄なことに時間を費やし、肝心な基礎学力が低下し、モラルの荒廃など、もやは学び舎ではない。
 そんな中でも、小学校からの英語教育が今回の俎上に上がったようだ。11年度から小学校で英語が必修科になるが、相変わらず「小学からでは早すぎる」「日本語も不十分なうちから英語など持っての他」などのような呆れた発言をするお偉い方がまだ多くいるのは呆れるばかりだ。小学校1年、いや幼稚園からでも遅くはない。中国や韓国は低年齢層からの英語教育をいち早く取り入れている。これからグローバル化になるという時代に、中学からの英語では遅いに決まっているではないか。中には一念発起して英語に取り組む中年男性もいるが、彼らが口々に言うのは「もっと早くからはっておけばよかった。中年になるとリスニング、ヒヤリングなどの脳の海馬が衰えているから、難しい」。それが本音だろう。中学や高校で海外帰国子女が英語がペラペラなのを聞いて、羨ましく思う者は多いだろう。ならば小学校1年から始めればいいと思うよ。そもそも総合学習、奉仕活動、情報教育、道徳教育などが本当に必要なのだろうか。それらは元々なかったもので、生徒が自然に身につけるものだろう。そんな曖昧な科目ばかり増やすから、肝心な基礎学力がないがしろになるんだ。
 話を蓮舫議員に戻そう。彼女は「小学校の英語の教書は不要。ネットにデータを置き、必要な学校がダウンロードし、印字すればいい」と抜かしやがった。全く学校現場を何だと思っているのだろうか。ダウンロードし、印字するのにどれだけの労力がどれほどのものか全くわかっていないようだ。そもそも30人〜40人教室で、ADHDやLDのいる教室で、落ち着きのない生徒がいる中で、どのように授業をするというのだろうか。最高でも10〜15人でないと英会話など成り立ちませんよ。予算を使うのなら、教師の数を増やすか、少人数で授業が出来る環境を作ることが先決でしょう。蓮舫さん、一度困難校を見て下さいね。

2009/11/22 (Sun) 19:55
「沈まぬ太陽」における懲罰人事等のいじめ

 久々に3時間以上の映画「沈まぬ太陽」を見た。途中休憩10分をとるほどの長編だ。日本航空の腐敗を描いた暴露物で、日本航空から批判が出たほどだが、ある程度は事実に基づいたものだろう。最近、この手の、戦後の日本の裏表を描いた映画が多い。「ゼロの焦点」「不毛地帯」などもそうだ。戦後の良き日の日本を復古したいのだろうか。
 本題に戻ろう。日本航空の腐敗振りは、半官半民のようなぬるま湯につかってきた営業努力の欠如によるものだ。最近では、アメリカのデルタ航空、アメリカン航空に乗っ取られれようとしている。民間企業でこのような慢心があったら組織は潰れる。組合がいくつもあるのも問題だった。組合が強ければ会社は衰退するのも既存の事実だ。学校も同様で、日教組が戦後の公立学校を潰してきたのは間違いないだろう。そもそも組合とは、労働者の立場ばかりを主張し、自分たちが楽をすることばかりに目が行く。会社の利益のために、会社の将来のためになどと思わなくなってしまう。日教組教師も、学校のためなどと考えなくなってしまい、管理職が一生懸命しようとすることに、条件反射で反対する。これだけ無意味な存在もないだろう。日教組思想に汚染されたら最後、二度と教育に真摯に向かい合わなくなるのだ。日本航空に対して全日空に乗ると違いがよくわかる。日本航空はスチュワーデスに美人が少ない。色気のないババアが多い。これも組合の方針だろうか。全日空は美人が多い。同じ高い金を払うのならどちらを選ぶかは一目瞭然だ。更にサービスも歴然とした違いがある。ヨーロッパ便の帰りは、おにぎり、カップめんが食い放題だ。ちょっとしたことだが、客の心を掴むのはどちらだろうか。
 今回の映画のテーマは、組合の主導者が左遷され、海外のカラチ、テヘラン、カイロなどに赴任させられ、更に日本航空墜落事故では対遺族対策までやらされる。しかし彼の元同士の組合員は会社側につき、汚職に手を染め、最後は逮捕される。そんな会社の方針に嫌気がさし、再びアフリカ勤務を命じられたが、ナイロビの境のない水平線に沈む太陽を見て、ちまちました日本での生活が嫌になっってしまう。その太陽がすべてのものを包み込む悠久の世界を見事に描き出すところで終わる。
 会社の方針に逆らうと左遷、会社の方針通りにすれば良心の呵責に悩む。人事はすべて上司の好き嫌い。今の日本を象徴しているような映画だ。

2009/11/13 (Fri) 10:51
殺される女性は真面目で未来がある者ばかり

 最近、殺人事件が相次いでいる。30代の豊満ブス女による結婚詐欺、男性殺害事件。市橋容疑者逮捕。島根女子大生殺害事件…。私が残念なのは、島根の被害者だ。体をばらばらにされ、無残に捨てられた。平岡さんは、英語で「動物の権利」を書き、さらにロシア語もマスターしていた。まさに将来を嘱望され、これからという時の惨劇だ。しかしどうしていつもこのような真面目な人が殺されるのだろうか。敢えて言えば、真面目な人に限って人を信じやすい、断れない…。今回の事件も、2人の男に抱えられていたのを目撃されていた。ならばなぜ大声を出さなかったのだろうか。疑問がわく。大声を出さないような温室で育ったことが伺える。思い起こされるのが平成8年の柴又での上智大生殺害事件だ。私の後輩なので人一倍印象深い事件だった。地方の中学生に英語を教えに行った活動も私と同じ。成績優秀であと数日後の留学前に殺されたのは、まさに痛恨の極みだっただろう。地元のお嬢さん高校を卒業し、女性ではあこがれの上智大学外国語学部英語科だ。将来は日本でもトップクラスの就職が予想された。モルガン銀行、チェイスマンハッタン銀行、三菱商事、三井物産…。そんな前途洋洋な若者が、くだらないストーカーに未来を破壊されるなんて…。秋葉原の通り魔事件も、日比谷高校、東京芸大…。まさに将来が前途洋々なのに、あんな派遣社員のくだらない奴に殺されるなんて…。大阪の池田小学校事件もそうだ。今の日本は、いつ、どこで、誰が襲ってくるかがわからない世界だ。敢えて言えば、海外旅行する際、常に周囲に気を配りながら歩くのと同じということだろう。そんな国なんですよ。今の日本は。真面目で人を疑うことを知らない者は、「人を見たら泥棒と思え」「人を見たら襲ってくるかもしれない」と常に思っておいたほうがいいということだろう。そうすれば、ストーカーの気配を感じたらどうするのか、危険な夜道を避ける、何かされそうになったらすぐに大声を出す…。様々な対応が出来るだろう。いじめも同じだ。黙っているからいじめが続く。大声で「やめろ」と何度も叫び、すぐに職員室に駆け込む練習をしましょう。出来ない、出来ないと言っていたら何も改善されない。
で着ない

2009/11/13 (Fri) 10:14
市橋容疑者の親のインタビューに不快感

 日本のマスコミは犯人がわかるとすぐに親族の家を探し当てる。村社会のなせる業か、犯罪者の親の顔を見てさげすみたいのか。いずれにせよ、日本で犯罪を犯したら親族もろとも社会から抹殺されるということだ。かつて、連合赤軍の坂東国男が逮捕された時、父親は自殺した。昔の親はその位、子供の責任を一手にかぶったものだ。あの当時、すなわち昭和20年代前半に生まれた人の多くは、団塊の世代、安保反対、学生運動に身を投じたものだ。それが当時の流行であり青春であり自己主張だったのだろう。子供ながらに、なぜ東大の安田講堂で火炎ビンが飛び交っていたのか理解に苦しんだものだ。逆に今の若者はそんなことをする気配すらない。おそらく昭和49年の三菱重工爆破事件、昭和52年のダッカでの超法規的人質交換事件以来、日本の若者の過激な行動はなりを潜めた。時代は変わり、昭和30年代に生まれた者は、気づいたら受験受験の「偏差値世代」だ。高得点をえあげることしか期待されず、自己承認が下手な世代だ。そんな鬱屈した世代が物心ついた時には、右脳と左脳のバランスが崩れ、ユリゲラーや心霊写真などに興味を持つ。子供の頃のテレビといえば、ウルトラマン、仮面ライダー、スーパージェッター、エイトマンなどの空想未来ものばかりだ。そんな空想に汚染された頭脳に入り込んだのが、オウム真理教をはじめとする新興宗教、自己啓発などの「心探し」「自分探し」「洗脳」などだ。心が未熟な者が多く、ちょっとしたことですぐに洗脳されてしまう。最近、30代の女性に大金を貢ぎ、殺された男性が相次いだが、女性にまで騙される情けない男が増えたということだろう。市橋の親は、ちょうどオウム世代か少し前ではないだろうか。子供が何をしようが他人事。あくまで子供本人の責任で自分たち親は何の責任もない。そういった感覚がよくわかる。秋葉原の通り魔の加藤被告の両親のほうがまだまともかもしれない。一応顔はぼかしで、母親は放心状態。それにしても子供があんなことをしてテレビによく出ますね。その神経がもはや普通の人間の感覚ではないのでしょう。
 では、子供が犯罪を犯したら、親の責任はどうなるのでしょうか。どこまで責められるのでしょうか。三田佳子のバカ親は、子供が何度も覚せい剤で逮捕されても、シャーシャーとしていた。中村雅俊は親の責任をひしひしと感じていた。やはり親の姿勢は問われるべきだろう。芸能人、医者、教師、警察の子供は、えてして非行に走りやすい。いや、一流会社の息子の一柳展也も金属バット殺人事件で、元祖「親殺し」の子供として有名になった。問題は親の日ごろの接し方だろう。長年教師をしてきたが、子供の教育に合格点を与えられる親は少ない。逆に、こんなことをしたら子供がショックを受ける、トラウマになる、傷つく、甘やかされ大人をバカにする…。そんな禁句を平気で言う親のなんと多いことか。「親が子供に言ってはいけない言葉」「あなたも子供に殺される」…。次はそんな本でも出版しようかと思っています。

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